034 明けの明星

 遠ざかっていく意識下、緩慢となった時の中で思考を巡らせる。



 なぜ俺のスキルが正常に作用しないのか。



 つい数分前までは、しっかりと機能していたはず。

 親父の先制をねじ曲げ、『戟虎ゲッコ』で相殺した。まともに打ち合えば押し負けていたものを、技の発動前に剣撃をねじ込んだ。



 考えられる理由は、三つある。

 一つは、親父のスキルによる効果。

 親父のスキルは『剣聖』ではなく、他の何か。例えば、スキルの効果を打ち消すもの。あるいは俺と同様の、世界に干渉するスキル。



 二つ。俺のスキルが、単純に使えなくなっただけ。

 魔法を扱う際には、魔力を消費する。それと同じ原理で、スキルにも何かしら消費するものがあるのかもしれない。



 正直、完全無欠なスキルだとたかを括り、スキルのスペックを確かめていなかった。加えて、スキルに魔力や何らかの力を消費するという話を、これまで一度も聞いてこなかった故に、思考を停止していた。



 そして、三つ。

 考えたくもないことで、一番厄介極まりない事象。

 親父が、現在進行形で成長しているということ。

 それも、世界の事象すらも変えてしまう超絶スキルを相手取って、爆速で。


 

 ――まあ、それら三つのうちどれであろうと。

 この状況を打破する術は、何もない。

 詰んだのだ。



「力が抜けてきたな。案ずるなよ、痛みなど与えはせん。戦の功労者であろう息子おまえに、これ以上の苦痛は与えんよ。安心して、逝け」



 酸素を求めて、体が本能のままに暴れ出そうともがく。

 けれど、それらを必死に食い止めて、最後の一滴まで力を振り絞り、黒剣を押し返そうと全神経を集中させる。



 負けるかよ。俺が、おまえに。



 負けてたまるかよ。ここまで来て、こんなところで。



 負けたく、ない。誰にも、負けたくない。



 ――だが、ここで死ぬのも、悪く……ないのかもな。


 


 剣だけが取り柄だった。

 そんな俺が、まさかギャングの首領に成り上がるなんて、いったい誰が予想できただろうか。

 成り上がる場所を間違えてる?

 ああ、わかってるよ。そんなことぐらい。

 どうしてこうなったのか、俺だってわからない。

 ――ただ。

 人生の分岐で、俺は恋をした。

 暗闇の中、気持ちよさそうに寝ている少女に恋をした。

 彼女が欲しい。心の底から思った。



 でも、あの時は気が動転していて。

 その気持ちが本物なのか、それともを取り返したいだけなのか、分からなくて。



「……ぐッ、がッ」



 それから目まぐるしく、俺の世界は変わった。

 ユージをボコって、ギャング連中をぶっ潰して、乗っ取って。

 ライルを打ちのめして、スラムを傘下に加えて、ライラがブラディを連れてきて。



 そういえば、ライラはいつからいたんだっけか。

 まあ謎の多い女だけど、俺にはもったいないくらいいい女で。

 


「が、ぁ、ぁあ゛あ゛あ゛」



 マナフには、最後まで謝罪することができなかった。

 ギャングを乗っ取ったあと、すぐにでも村へ返してあげられたはずなのに。

 俺は、自らの欲に負けて、おまえを手元に置いていた。

 


「まだ耐えるか。ああいいさ、それでこそ男だ。息子だ。ユースティスだ。精々あがけ、最期まで付き合ってやるよ。なぜなら俺は、おまえの父だからな」



 他にも、使用人のエリ。中の上ぐらいな容姿だけど、それくらいが一番興奮するんだよ。

 俺が死ねば、奴隷から解放するように言伝をしてある。解放後は、俺の子どもを育ててくれ。

 

 

 商人のアララール。申し訳ないが、縁談、行けそうにない。というか、俺みたいなギャングに娘を差し出すな。そのまえにおまえ、何歳だよ。俺と同年代だと思ってたわ。



 ああ――そして。

 彼女なくして、今の俺は存在しなかった。



「ぐ、ッ――――ぁぁぁぁッ」



 シャーロット・ロールイス。

 おまえには、俺の人生すべてを使って償いたかった。幸せにしたかった。

 できることなら、最期はおまえの腕の中で、生を全うしたかった。

 都合のいい男だって、怒られるかもしれないけど。

 おまえほど手に入れたいと思った女は、いない。



 おまえに殺されるなら、それもそれでアリだと本気で考えてたよ。

 親父に殺されるくらいなら、おまえに殺されたかった。



「―――」



 そして、いよいよ視界という機能が停止し。

 急速に意識が遠のいていく。力が抜けていく。 

 感覚が蒸発していき、今、何が起きて、どうなっているのかもわからない。

 首はまだ、そこに繋がっているのか。

 それとも窒息して死ぬのが先か。



 あるいは、もう死んでいるのかもしれない。

 わからない。

 ただ、声が――





「――ユウリ様っ!!」




 もう、なりふり構っていられる場合ではなかった。

 その凄絶たる闘争の、神話の一ページに匹敵する剣戟の響きをシャーロットは、この部屋からずっと見ていた。



 そこは、ユウリがかつて暮らしていた部屋。

 ベッドと机しかない簡素な部屋の窓からは、修練場が見渡せた。



 一部始終を観戦していたシャーロットは、窓から身を乗り出して、叫ぶ。

 全身を脱力させ、意識を失いかけて尚、それでもまだ抗わんと刀を握りしめ、死力を尽くし足掻いているユウリの名を。


 

 耐えられなかった。

 どうして親子で殺し合わないといけないの?



 明確たる理由はわからない。公爵家の風習など、これまで縁のなかったロールイス家には知る由もない。



 ただ、これだけはわかる。

 二人とも、強さを求めて戦っている。剣をっている。

 恋焦がれるほどに、同じ夢に向かって手を伸ばしている。

 



「どうして、そんなもののために……!」




 女たるこの身では、理解できない想いだった。

 男は皆、強さに憧れている。

 誰よりも強くなりたいと、命を賭けて本気で手を伸ばしている。



 女には、到底理解できない願望だった。



 だから、だからどうかやめてと、そんなくだらないことで争わないでと。

 声を大にして叫ぶことは、身を挺して止めることなんて、できるわけがない。

 どれだけくだらないことであろうと、あの二人は、事実身命を賭して戦っている。

 そこに女の感情が入り込む余地なんてあるはずがない。

 無粋なのだ。

 あの戦場に、女であるわたしはお呼びでない。



 でも、だけど。何もできないのは嫌だ。


 愛する男が戦っているというのに、ただ指を咥えて結果を待つ女にだけは、なりたくないから。



 せめて、彼が勝てるように――この力を使うべきではないのか?

 水を差すようで無粋だけれど。もしかしたら後で、怒られてしまうかもしれないけれど。

 彼が生きていてくれれば、それで構わないから。



「それが、わたしの戦い」



 彼と未来を歩む。その道を選び、戦う覚悟はとうの昔に決まっているから。

 ここであなたを失うわけには、いかない。

 だから、どうか許して。

 どうか――



「生きて……ッ!!」



 どうか、どうかお願い。

 この想いスキルが、あなたの光明となりますように。




「――明けの明星クレアーティオ・ルシフェル




 シャロの声が、聞こえた。

 かすかに……鈴よりも美麗な響きが鼓膜を打った。

 気のせいかもしれない。

 幻聴かもしれない。

 死の間際に、神がみせた酔狂なのかもしれない。

 だが、それで十分だった。

 それだけで、十分だった。

 


「ぐ、ぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁ――」


「――なに?」



 ここで死ねばかっこいいとか、勝手に満足して死のうとかしてるんじゃねえ。

 俺はまだ、やりたいことがあって。

 俺にはまだ、成さなければいけないことがあって。

 ここで終われるほど、俺が背負ってるものは軽くない――ッ!!



『ユウリさん――見せ場っスよ。最高にシビいところ魅せてください』


『まだいけんでしょ、なあ――大将ボス



 おまえらと交わした約束がある。

 ああ、いいぜ。どこまでも連れてってやるよ。後悔させない。飽きさせない。

 俺が最高にカッコいいところ見せてやるから。

 だからおまえらも手伝えよ。



 一緒にぶち倒そうぜ――





 刹那、ありえないことが起きた。


 どういう原理か、はたまた何らかの力が作用したのか。

 ユウリの刀が、黒剣を徐々に押し返しはじめた。加えて、身を捻ったユウリの蹴りがユリウスの体に炸裂し、首を掴む手が緩んだ。



 ――そろそろ、終わりにしようぜ。

  


 咳き込む余裕なんてない。息を整える暇なんてない。

 コンマにも満たぬその刹那に、刀を振り切る。



「ぅ、ぉぉぉぉぉぉッッ――!!」


「ハッ、素晴らしいッ!! なんという執念か、いや――愛か!! 友と愛する女の言葉が響いたか。ああ、羨ましくも思うよ。何せ、それらは俺が得られなかったものだから」



 黒剣を振り切り、ユリウスの腕から逃れたユウリは、刹那に颶風ぐふうと化す。

 悲鳴をあげる体。

 酸素を求めて暴れ狂う細胞をねじ伏せて、地を踏みしめる。

 


 今しかない――感覚が告げている。勝機は、今しかない。



 間違いなく、シャロのスキルが発動したのだろう。

 対象に隙をムリやり作り出す――あの顔からは想像もつかない凶悪なスキルだ。

 それで何度もシャロは、屋敷から抜け出したのだ。

 


 だからこそ、あの拘束から抜け出すことができた。

 シャロが隙をねじ込んでくれたから。

 そして効力は、一度の発動で五秒間。次の発動まで、三分かかる。



 次の三分まで、持ち堪えられる気はしない。

 息を整えている間に殺される。

 だからこそ、ここが勝機――これを逃せば俺に、勝利はない。



「来い、息子よ。ユウリよ! おまえの愛を俺に魅せろッ!!」


「―――」



 そして、互いの視線が交差し――考えていることは、奇しくも一緒だった。


 

 この一撃で、強さのなんたるかを叩き込んでやる。

 強くなりたいとかほざきながら受動的だったおまえなんかに、勝利は微笑まない。

 いつだって泥に塗れながら、手を伸ばし続けた者にこそ明日はやって来る。



 救世主フシェーダルなんて来ない。

 そんなものを待ち続けて、行動することを怠ったおまえに、俺は負けない――ッ!!



「臥滅流・赤炎ノ型――奥義」



 互いに繰り出す斬撃は、単純にして最強。なんの捻りもないシンプルな一閃。

 だが、それこそ、極めれば何者にも届く刃となる。

 名を。



「――羅刹天」

 

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