029 格の違い

 ヨシュアを縛り上げた後、捕虜としてブラディの元に送った。

 すでに戦意は消失していたが、念の為気絶させておく。

 これで兵隊も多少はやりやすくなったはずだ。



 ブラディの報告では、半数ほどの兵隊が死んだそうだ。

 それに比べて、騎士団ガリーザ・エルトスは乱れるほど損害を受けていない。



 カイトやその取り巻きが奮戦し、ライラが中枢ナンバーズを引き受けているおかげで、まだなんとか持ち堪えているようだが、時間の問題だろう。

 


 俺が親父を斃せば終わるのだ。

 少しでも兵隊を……仲間を生かすために、急がなくては。



「――ヨシュア様を打倒しましたか。やはり、あなたは別格でお強いようだ」


「……ミュリエルか」



 再び戦場に足を踏み入れた俺の前に、ブロンドの女騎士ミュリエル・サリラックが立ち塞がった。



 俺よりもふたつ年上で、幼馴染のような関係。

 会話した回数よりも仕合した回数の多い、いわば腐れ縁と呼ばれる女だ。



「おまえも知ってるだろ。うちの習性的な襲名アレ


「無論だ。私たちナンバーズは当主様より伝えられている」



 翡翠色の双眸を見据えて、気高い騎士は鞘から剣を抜いた。

 


「故にこれもまた、与えられた試練の一つです」


「……なるほど。俺を殺せって命令でもされてんのか?」



 返答は、冴わたる上段の一振りをもって返された。

 半身を逸らして躱し、跳ね上がる一閃は虚空を切る。



 ヨシュアとは違う系統の剣技。

 荒々しく迸る嵐の中に指向性を落とし込んでいるような、鬼の剣技を持つヨシュアとは違い、古くから積み上げてきた血と正統の剣技。まるで儀式でも執り行っているかのような神聖さがある。



 それもそのはず。

 彼女の家柄は代々、ユースティスうちに仕えてきた騎士家系だ。

 亡くなられたが、彼女の父もまた、ザリシュ・エリトンと共に親父の両腕として尊敬を集めていた男だ。



「上の命令は絶対。主人に忠実。好きだぜ、そういうの。ギャングこそそういう縦社会が求められる」


「ギャングと騎士を一緒にしないでいただきたい」


「軽蔑するなよ。何度も心を通わせあった仲だろ」


「そうですね。何度も殺してやろうと、幼心に殺意を芽生えさせてくれた初めのヒトですから」



 そんな嫌われるようなことしたっけか、俺。

 ミュリエルの記憶といえば、暑い修練場のなか、汗でびっしょりと張り付いた胴着から覗く下着や体の線に目を奪われたような記憶しかない。

 それか。



「――最低ですね。やはりあなたは下衆だ」


「さっき、実の弟にも言われたよ」



 重みのある剣撃を受け止める。

 細腕のくせに、相変わらずの馬鹿力だ。



「まあ、おまえらにどう思われたって構わんよ。本日をもって俺が、おまえらの新しい主人だからな」


「本気でそうお考えですか? ――あなたに、当主様を殺せると?」


「どういう意味だ?」



 意味深な言葉に、俺は目を細めた。



「その程度の実力で、【剣聖】と張り合えるのかと申し上げているのです」



 鋭く細めた瞳で、射抜くように剣を薙いだミュリエル。

 受け止めた俺は、五メートルほど後方に押し飛ばされた。



「つまらなん科白セリフだな。子として親を殺せるか否かの問いではなく、そうきたか」


 

 相変わらず、面白味のない女だ。体つきと下着のセンス以外に良いところが見当たらない。



「打ち合ってわかりました。あなたは強い。まだ実力の半分も出していないのでしょう。しかし、底が視えている」


「……へえ」



 底が視えている、ね。随分と舐められたものだ。



「おまえに視えるのか、俺の深淵が。引き出すこともままならないおまえが、俺の底を語るかよ」


「おもしろいことをいいますね。その言いぶりでは、まるで私があなたよりも弱いというニュアンスにとれる」


「そう言ってるんだが?」


「ご冗談を」



 そういえば、お互い負けず嫌いだったな。と、そんなことを考えて、一陣の風が吹いた刹那。

 選手交代の笛が鳴った。

 


「――我が大旆たいはいを掲げよ」


御意、我が主イエス、マスター



 踏み込んだミュリエルを凄まじい突風が押し返し、雷が鳴動した。

 ミュリエルの動きを阻害し、退かせたのは桃色の髪を靡かせた、妖艶な少女。

 親衛隊隊長――ライラだ。



「ここはわたしに任せてください、ボス。こいつでラストですから」


「……貴様」



 ストッと、俺とミュリエルの中間地点に着地したライラは、見せびらかすかのように、あるいは新しい人形を買ってもらった幼児のように、二人の騎士ナンバーズの毛髪を鷲掴みに引きずっていた。

 


「く、くそ……ッ」


「……ひぎっ」



 毛髪から伝わる痛みに呻くのは、No.6の男とNo.3の女だった。

 


「ちょっと時間かかっちゃったけど……あとはNo. 1のあなただけ。おとなしくしていてくれたら、手荒な真似はしないよ? 一緒にシュークリームでもたべようよ?」


「しつこい女ですね。私は、私の命に忠を尽くしているのです」


「ハイハイ。そういうお堅いことは禁止してるの。お肌にもよくないし? わたしバカだから、難しいことわからないしねー」


「ヒィ!? な、なんだこれ、し、沈んでく……ッ!?」


「た、助け、ミュリエル様、どうか助けて――」



 ライラの左右、髪の毛を鷲掴みにされ屈服させられていた二人の騎士が、蠢く影の中に沈み込んでいく。

 ゆっくりと、見せつけるかのように。

 おまえも次はこうなるのだと、案に示していた。



 ……とはいえ、収納されているだけで害はないのだが。

 演出としては最高だろう。

 鉄仮面のように表情を微動だにさせなかったミュリエルが、不快そうに眉根を寄せた。



 動きたくても動けない――ライラの視線が、ミュリエルの次に取る行動を目線で牽制しているのだ。

 そりゃあ、いい気分ではないだろうな。何かを始める前に封じられているのだから。



「……バケモノめ」


「えー? こんな幼気な少女相手にそんな言葉投げちゃう? ひっどーい、あなたもしかして処女? 友達いないでしょ?」



 処女と交友関係にいったい何の関係があるのかはさておき。



「ライラ、おまえに任せるぞ」


「任せてください、ボス。きっちり調教して、アレをあなたに捧げますから」



 ほんとは、ここで殺しちゃいたいんですけど。

 唇を突き出して、猫撫で声で怖いことをいうライラ。



「逃げるつもりですか?」


「昔の俺なら、その言葉に乗せられていたな」



 ふっ、と一息を吐いて。

 俺はミュリエルの肩に手を置いた。



「――俺の相手を務めるのに、おまえ程度じゃ役不足だ」


「……ッ!?」



 反応どころか、目で追うことすらできていなかったミュリエルは、驚愕に目を剥いた。

 遅れて剣を薙ぐもすでに遅い。

 俺はミュリエルの間合から悠然と歩いて離脱し、手をひらひらと背を向けたまま振った。



「じゃあな。次に会う時までに、『おかえりなさいませご主人様』と可愛らしくおねだりできるよう練習しておくんだな」


「ま――待て、貴様ッ――」


「はぁい、ライラちゃんがしっかり教えてあげますからねー? 身も心もすべて、ご主人様に捧げるほ・う・ほ・う♡」



 背後で剣戟が虚空を震わせ、瞬間――高質量の魔力が胎動をはじめた。



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