027 開幕

 その日は朝からとても晴れていた。

 雲ひとつない快晴。少々肌寒いけれど、日差しが相殺しちょうどいい温度が仕上がっていた。



「…………」



 ガタガタに欠けた大階段の中段あたりに腰掛けて、葉巻をくゆらせた。

 古城にも似た様相の屋敷を背に、静謐な空気と葉巻を吸う俺の背後で、気配を感じた。

 


「んうぅぅ~~~っ、ふう。きょうもいい天気ですねー。殴り込みに行くのに、最適じゃないですか」



 階段を数段飛ばして降りて、俺の真横に立ったライラは、珍しく桃色の髪を後ろで縛っていた。いわゆる、ポニーテールというヤツだ。

 黒いリボンで結んだ尻尾をゆさゆさ揺らして、ボーダーの入った黒色のスーツを大人っぽく着込んだライラは、これまた珍しいことにネクタイも結んでいる。



「どうしたよ、ライラ。きょうは随分と気合入ってるじゃないか」


「いわゆる勝負服ってヤツですよ。それとも特攻服トップク? まあ、ギャング私たちの制服って言ったらコレじゃないですか」



 襟元を摘んで、高級スーツを見せびらかすライラ。ボーダー柄の黒スーツに、目立つ赤いネクタイは色鮮やかに映えていた。



「そういうユウリさんだって、きっちり着飾ってるじゃないですか。……でも、そのスーツ、スーツですよね?」


「ああ。何の術式も付与されていない、パーティ用のスーツだよ」


「うええ、どうしてそんな装備ラフなんですかー? 私なんて三つぐらい防御術式練り込んでますよ?」


「それが正解だ。おまえに死なれると困るからな、しっかり装備を整えてくれよ」


「あぅ……それはうれしいですけど……ユウリさんに死なれるのもすっごく困るんですよねー」



 ライラが頭の後ろで手を組む。

 きょうは、たくさん血が流れるだろう。たくさんヒトも死ぬ。

 もしかしたら俺やライラも死ぬかもしれない。

 だが、もう止まれない。

 たとえ未来が見えていて、敗北が確定していたとしても。

 俺の動き出した歯車は、誰であろうと阻めない。



「さて」



 最後に紫煙を吐くと、葉巻を階段に擦り付けて火を消した。

 立ち上がった俺は、胸元からサングラスを取り出す。



戦争パーティをはじめようか」



 親父を斃して、公領を奪う。

 国盗りの一歩として、俺の礎となれ。



「――待ってたぜ」



 目貫通りメインストリートに差し掛かったころだった。

 ライラを連れて歩く俺の前に、ひとりの少年が立ち塞がった。

 どこかで見覚えのある刺々しい雰囲気の少年は、黒塗りのスーツにネクタイといった正装で、俺を睨むように見据えた。



「ライルさんの仇は俺が討つ」


「なんだぁ、この生意気なクソガキは……――って、あのクランのクソガキか! 下っ端が舐めた口きいてんじゃねえぞっ」



 ライラの迫力に欠ける怒声で、思い出した。

 そういえば、身の程知らずだが成長がとても楽しみな少年がいた。

 あの時の記憶が鮮明に甦ってきた。確か名は……。

 


「――カイトか」


「……ああ」



 頷くと、カイトは止まっていた足を動かして、俺の一歩後ろについた。



「俺たちの命、アンタに預けた」



 すると、こちらの様子をうかがいながら待機していた兵隊が、闘志を宿した顔つきで戦列に加わった。



「預けるも何も、組織うちに所属した時点でアンタらのタマはボスのだよ。あまりナマこいてると殺すから」


「……」


「お? 無視か? 普通なら会うことも難しい幹部相手に無視かましやがったな?」



 すぐ後ろでライラが笑顔でブチ切れて、カイトの仲間たちが必死に謝り倒していた。

 二人から一気に三〇〇近い大群となった俺たちは、濁流のごとく目貫通りメインストリートを突き進んでいく。

 


 これから何が起こるのかわからない、といった風貌の領民たちが恐るおそる道を開けて、馬車すらも停止させ、公爵邸に続く長い上り坂に差し掛かった頃――。



「お待ちしておりました、我が主」



 ブラディを中央に、五人の側近が待っていた。



「戦闘においては役に立ちませんが、全体の指揮を執るぐらいなら私でもやれます」


「……ああ。心強いよ。おまえに俺の背中、預けたからな」


「ありがたきお言葉……っ! このブラディ、全力を掲げてあなた様に勝利を導きましょう」



 俺のすぐ後ろ、ライラの左隣に並んだブラディ。その後ろを守るようにして側近たちが加わる。


 

 これで、全員が揃った。

 上り坂を進む【ロア・サタン】総員三〇六名の跫音きょうおんを周囲に響かせて、沸々と燃えたたぎってくる闘志を全方向から感じながら、やがて目前に現れた屋敷を見据えた。



 行手を阻む背の高い堅牢な門は、どういうわけか既にひらかれていた。

 閉め忘れた、ということはないだろう。

 むしろ早く来いと、招き入れるように門はひらかれ、事実その奥には、概算して二〇〇ほどの騎士が隊列を組んで待ち構えていた。



「――来たか。自殺志願者共が……昨日の仮は返させてもらうぞ」



 それぞれの隊の先頭に立つナンバーズ。そのさらに二歩前、全体の指揮を執るかのように中央を陣取るヨシュアが、苦々しく顔を歪めさせながら叫ぶ。



 死んでもおかしくはない状態から、死なない程度に治療したとはいえ、もうケロッとしていやがる。さすがはユースティスの血筋。回復力が半端ない。



「おにい……本気? そんなんじゃ到底、お父さんのとこにはいけないよ」



 バルコニーから見下ろす、純白の戦衣に身を包んだアリシアが、正気を疑う。

 その隣には、不安気に俺たちを見つめるシャーロットがいた。



 兵隊の数に比べて、騎士の数は少ない。だが、その質には一定の隔たりがあった。

 それに気がついていない奴の方が、この場では少ない。

 だからこそアリシアは、勝負がついたといわんばかりにキセルをふかし、ヨシュアは勝利を疑っていない。

 

 

 だが、何が起こるのかわからないのが戦場だ。

 その日、その瞬間のテンションで戦局は如何様にも変わる。

 いや、変えてみせる。

 それを俺が、真っ先に魅せてやる必要がある。

 


 そして俺は、その場の誰よりも深く笑みをこぼし、勝利の美酒を掲げて声音を張り上げる。



「諸君――踊り狂えよ。パーティのはじまりだ」



 天高く腕を伸ばして、指を弾かせた。

 刹那――見計らったかのように、数百の魔弾が上空を埋め尽くした。



「ボス、合図を」


 

 ライラが、好戦的な笑みを浮かべ、俺の司令オーダーを待つ。



「いいだろう――親衛隊隊長に命じる」



 短く、一言。

 開戦に相応しい号砲を、轟かせる。



「殲滅せよ」


御意、我が主イエス・マイロード――花を咲かせましょう。赤く紅い夥しい血飛沫を」



 先鋭化する紫色の魔弾が豪雨のごとく獣の咆哮を上げて降り注ぐ。

 超高速で振り乱れる魔弾の咆哮は、地上に着弾するたびに暴発を繰り広げ、波紋のように荒れ蹂躙を巻き起こす。

 ミスリルで鍛えられた騎士甲冑を諸共せず穿ち貫き、砂塵を舞わせ、視界を奪う。



 一瞬にして混乱状態へと陥った戦場へ、鞘を抜き捨てたカイトが飛び出した。



「道を開けッ!! ボスに誰も近づけさせるなッ!!」


「「「応ッ!!」」」



 魔弾の残数が切れたタイミングを見計らい、カイトが騎士に襲いかかる。

 その後方から続々と黒スーツの兵隊が咆哮をあげて乗り込む。



「チッ、蝿どもが調子に乗りやがって――ひとり残らずぶっ殺してやるッ」



 細剣レイピアを抜いたヨシュアが、兵隊の心臓部目掛けて突き刺す。

 一瞬にして絶命した男の体を蹴り捨てて、叫ぶ。



「騎士の誇りを魅せろッ!! 我らの威光を知らしめるいい機会だッ! 殺して殺して殺しまくれッ」



 さすがともいうべきか、先の魔弾で殺し切れたのは、全体の四分の一程度。

 うまい具合に障壁を張ったり、剣で切ったりと身を守ったようだ。

 案の定、ナンバーズは全員ピンピンしている。



「ライラ、ナンバーズは生きたまま戦闘不能にしろ」


「はは、やっぱりユウリさんはイカれてますよ」


「できないか?」


「やりますよ――それがボスのお望みなら」



 破顔して、ライラの姿が消えた。

 


「ブラディ、あとは頼んだぞ」


「御意。こちらはお任せを。……主よ、ご武運を」



 忠臣の祈りを受けて、俺は戦場へと足を踏み入れた。

 目指すは、屋敷の裏手にある修練場。

 


「さて、予定どおりどっちかは潰しておこうかな」



 と呟いてみたが、相手は既に決まっていた。



「そういえば、おまえとまともにやり合ったことはなかったよな。――ヨシュア」


「……ここで、確実に殺す。親父の元にはいかせん」



 凄まじい突破力をもって、兵隊の壁を突き破り現れたヨシュアが、細剣レイピアの切先に手を触れさせ、姿勢を低くかがめた。

 理知的だった面影はそこになく、鬼のような形相と荒々しく研ぎ澄まされた刃物のような闘気を全面に、【剣鬼】ヨシュアは地を蹴った。



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