026 決戦前夜
ライラと共にユースティス家の敷地から出て、俺たちは屋敷に戻ってきていた。
中途半端に燃え落ちた邸宅の会議室部分だけは、何事もなかったかのように無事だった。
そういえば、ここだけはよく幹部連中が暴れるから、特殊加工されているんだっけか。
「ともかく、寝る場所はなんとか確保できましたね。若干焦げ臭いですけど、すぐに慣れると思います」
「……ああ。そうだな」
「じゃあ、ベッド出しますね」
ここに戻ってきた頃にはもう、日は沈み夜になっていた。
集まった兵隊は外で天幕をたて、明日に備えて体を休めている。
俺とライラはというと、会議室の机をどかして寝室をつくっていた。
ライラのスキルのおかげでどれだけ大きいものでも、簡単に持ち運べる。有能なスキルだ。
俺も負けている気はしないのだが、ライラもまた当たりの部類だろう。
「毛布とシーツと……あ、何か食べます? 結構溜め込んでるんですよ。食料も一ヶ月分は備蓄してますし。……夕食の時も、あまり食べられていないようでしたから」
シングルベッドに腰掛けながら、寝具類と一緒に菓子を取り出したライラは、それを俺に差し出した。
あまり腹は減っていなかったから、俺は首を横に降った。
食欲は、あまりなかった。
自分でも思っていた以上に、ユージやライルの死は堪えているらしい。
「その……少しでも食べておいたほうが、いいですよ。明日は、きょうよりもっと酷いことになる。ユウリさんの体調次第で勝敗がつくようなものですから」
兵隊の練度も闘気も申し分ないほどに仕上がっていた。
幹部が二人も殺され、その側近の者たちも大半が死亡している。
みんな、この屋敷を、俺を守るために命を燃やした。
ライルなんかは教官を務めていたから、兵隊のショックが大きい分、敵討ちに燃えていた。
いますぐに攻めていきそうだった。
だが、それでもまだ、あいつらじゃ騎士団には勝てない。到底及ばない。
一般の騎士ならば相手になっただろうが、ナンバーズに数の理は通じない。それこそ今の十倍連れてこなければ、兵隊のみで勝つことは不可能だ。
だからこその、時間稼ぎ。
俺が親父と決着をつけるまでの時間と道をひらいてさえくれれば、それで――。
「――ンぐ?」
深く落ちていた思考が、ムリやり引き戻された。
口にねじ込まれた棒状の菓子が、ずんずんと口内に侵入してくる。
「どうです? 中までびっしり詰まってますよ、チョコ」
「……何のつもりだ?」
「ぼうっとしてましたから、連れ戻しにきました」
そういって、ライラが手を引いてベッドにムリやり座らせた。
温かい手が重なる。
右腕にライラのやわらかさと体温が押し当てられた。
「今の兵隊じゃあ、あの騎士連中には勝てないかもしれません。そもそも、時間稼ぎすらできるかわからない。相手はナンバーズだけじゃなく、ユウリさんの兄妹もいますから」
死なない程度に治療を施したヨシュアと、奴隷から解放されたアリシア。
ナンバーズの上位互換のような二人も明日、待ち構えているだろう。
ただでさえ、騎士団だけで手を焼いているというのに、あの二人も入ってくるとなると、相当キツい。
二人のうち一人は、俺が引き受けることになるだろう。最悪、その両方か。
「だからって、もうどうしようもありません。そこは諦めて、信じましょう。兵隊たちの矜持と可能性を。そして、わたしを」
下から瞳を覗き込んでくるライラが、破顔した。
窓から差し込む月明かりに照らされて、彼女の桃色の髪が輝く。
「ユウリさんが万全の状態で挑んで、そのかっこいい後ろ姿を見せつけてやれば、アイツらもアガりますよ。だから」
小包から菓子を取り出して、口許に近づけてくる。
「食べて、元気になってください。今のユウリさん、正直見ていて痛々しいですよ。守ってあげたくはなりますけど、それは女の子だけ。同じ男がみたら、ついて来るヒトも離れていっちゃいますよ?」
痛々しい、か。そんな顔をしているのか、俺は。
差し出された菓子を齧って、ライラの髪を
「随分と酷い言い方じゃないか。親衛隊隊長なら、もっと優しく慰めてくれないか」
「あぅ……優しくするだけじゃなくって、気合も入れてあげようと思いまして……」
マナフを前にした時のように、子犬にも似た表情を浮かべるライラ。
嗜虐心をくすぐられて、俺はライラの頬に手を伸ばす。
「なんか、腹減ったな」
「あ、え、あの、お菓子なら……いっぱいありますよ?」
「菓子よりも甘いのがたべたい」
「――ふぇ!?」
「食べごたえもあって、かわいらしい、砂糖菓子よりも甘いもの」
「ぅぅ、こ、こ、こんな状況で、ぅぅ」
顔を近づける俺から逃げるように体を後ろに倒すライラ。
シーツの上に桃色の髪が水溜りのように広がり、薄暗闇の中でもわかるほど顔を紅潮させている。
モジモジと、俺に見つめられて視線を彷徨わせるライラがかわいくて、シャツのボタンに手をかけた。
「だ、だめです……ぅ」
「慰めてくれるんだろう? 食欲も満たせて一石二鳥だろ」
「そ、それ食欲じゃないですっ」
とは言いつつも、ボタンを外す指に手を重ねるだけで、抵抗らしい抵抗はしてこない。
「どうした? あとふたつでボタンが全部外れるぞ?」
「も、もう覚悟は決めました……す、好きにしてください」
「別に今日がはじめてってわけじゃないだろ」
「そ、そっちの覚悟じゃなくて……」
「どういう覚悟だ?」
問いかけると、ライラは口をつぐんだ。
話したくないらしい。
尚更聴きたくなった俺は、シャツの隙間から脇腹をくすぐった。
「――ひゃぁっ!? ひゃん、ちょ、あは、やめて――ひゃはははははっ」
「おまえが、話してくれるまで、この指は止めない」
「ひゃんぅ、うぅぅぁっ、らめれしゅぅ、いいますからやめへえっ――」
どうやら言う気になったようだ。
暴れまわっていたライラはぐったりと、打ち上げられた魚のように体を痙攣させている。
「早く言わないと、内臓に指つっこむぞ」
「ぜ、前戯もなしにですか!?」
「……何の話だ?」
「ぅぅぅ、ユウリさんのばかっ!」
枕が顔面を叩いた。お返しに胸を鷲掴みにしてやると、艶かしい声をあげて静止した。
「あの、ユウリさん……」
「それで?」
幼児体型に似つかないおおきな胸を時計回りに揉みながら、ライラはくすぐったそうに言う。
「その、マナフ様が……いないのに……そんなことして、私、殺されないかちょっと……」
「マナフ? ……そういえば、マナフとは何かあったのか? えらく怯えているようだが」
「ぅぅ、わからないです……。ただちょっと、逆らえないんです」
「そうか」
首元に手を這わせるライラ。
主である俺に嘘を吐いた仕置きとして、
「エリを呼んできてくれないか?」
「ふ、ふぇ……? ど、どうしてエリを……?」
エリとは、住み込みで働いている元奴隷の使用人だ。
「エリを無性に抱きたくなった」
「……」
その後、ライラの目の前でエリを抱き、見せつけるように愛を育んだ。
そして夜が更けて、決戦当日――
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