024 対話

「随分とご挨拶な連中だな。俺はただ、話をしに来ただけだってのに」



 硬く閉ざされた門の前で、俺は葉巻をくゆらせる。

 目視できるだけで三十の騎士が門の奥で警戒していた。他にも名の通った騎士ナンバーズが三人。

 まるで俺を迎撃しているかのようだ。



「元とはいえ、俺はおまえらの兄貴分みたいなモンなんだがね」


「申し訳ございませんが、私たちは騎士です。仕える人間の命令が絶対……私情では動けません。ご理解を」


「へえ。じゃあ、おまえらの主人は今、ヨシュアってことか?」


「ヨシュア様は代理でございます」


「なるほど」



 ただひとり、王都の城壁にも勝るとも劣らない要塞じみた門前の外にて、俺と向かい合う女騎士は抜き身の剣を地面に突き刺して俺を見据えていた。

 


「ミュリエル・サリラック……強情な女ですね。調教してやりますか?」



 まさに騎士の鏡ともいうべき風格の、生真面目そうなミュリエルを前にライラがぷくっと頬を膨らませた。

 かすかに、足元の影が動く。



「拷問しても口を割らずに死ぬタイプだ。流石のおまえでも難しいんじゃないか?」


「それはそれは。試し甲斐がありますね。ハカンとかいう金豚は一時間も保たずに発狂してしまったので、結構フラストレーションが溜まってるんですよねー」



 チロチロと舌で指に付着したクリームを舐めとるライラ。子どもっぽさに孕む妖艶さが、ライラという女をあやふやに魅せた。



「シャロ様、シャロ様ーって。あれはもう恋だよね。四十のおっさんが自分の子どもに欲情してるのと一緒じゃん、きもちわるー」


「ハカン殿は……生きておられるのですか?」


「生きてるよ、まだ。他の騎士たちも何人かは。心優しいわたしたちの王様ボスが生かしてあげてるの」



 まあ、数十人ほどは肉塊となってロールイス伯の屋敷に送ってしまったのだが。



「シュークリームって食べるの難しいですね。どうやって食べるのが正解なんでしょー?」


「せっかくなんだから、おまえも席に座ったらどうだ? シュークリーム、まだあるぞ?」


「……」



 翡翠色のつり目をさらにつり上がらせて、絹のような金髪を背中に垂らした女騎士は、低い声で言った。



「ご理解くださいと、言ったはずです。この場を守るのが私の役目。なぜ敵であるあなたと席を共にしなければならないのですか」


「なら騎士らしく棒立ちしてなさいよ。わたしがおいしくシュークリームを食べるところ、黙ってみてなさい」



 妖艶と、見せつけるかのようにシュークリームに唇を這わせ、薄茶の衣を食む。わずかに入った亀裂から純白のクリームがもれ、こぼさぬようにライラが舌を這わせた。



 ただシュークリームを食べているだけなのに、色気を全開に振りまくライラを肴に、俺はコーヒーで喉を潤した。

 横目でミュリエルを見遣れば、彼女は鉄仮面のような表情に青筋をたててライラを睨んでいる。



「何よ? あげないわよ、敵であるあなたなんかに。ひとんち殴り込みに来て火つけるクソ共には、一生この純白の甘さを味合わせてあげないんだから」


「……私は――」



 と、ミュリエルが何かを言いかけたその時だった。

 カツカツと踵を鳴らして、誰かがこちらに近づいてきた。同時に、堅く閉ざされていた門が鈍い音を立てて開きはじめる。



 驚いて後ろを振り返るミュリエル。ふわりと舞う金髪に紛れて、鬼のような闘気を身に宿したヨシュアが、細剣レイピアを鞘から抜いた。

 刹那――



「死ねよ、愚兄――僕の手を煩わせるな」


「―――」



 百メートル前方から俺のもとまで、螺旋状の刺突が駆け抜けた。音速をも超えて、ミュリエルや周囲の騎士が巻き込まれることも意に介さず、うねる奔流は――しかし、胎動するライラの影の中へ消えていった。



「……貴様」



 俺を守るように移動したライラを睨めつけるヨシュア。その睥睨へいげいを跳ね返すかのごとき微笑を讃えて、ライラは前方に手を突き出した。



「分を弁えろよ、ボスの面前だぞ」


「――ッ!? ぁぁぁぁあああああああッ!!!?」



 凄絶な殺気と共に放出されたのは、ヨシュアの放った刺突。

 一切の威力の衰えを見せず、そればかりか練り上げられた魔力によって威力が数段増された螺旋は、音の壁を二つ蹴り上げてヨシュアの右半身を抉った。



 勢いは止まらず、地面を抉り進行方向上の騎士をも巻き込んで、その豪奢な屋敷へ届く瞬間――



「何やら騒がしいと思えば……久しいな、ユウリよ。半年で随分大きくなった」



 たった一振り。

 しかもその場に落ちていた剣を拾っての一振りで、螺旋をかき消しつづく余波でライラの体を吹き飛ばした精悍な顔つきの男は、ニヤリと笑みを浮かべる。



「無能の外れスキルも、死ぬ気で鍛えれば天に届く。いや届かせる――俺の血筋ならばそれぐらいやって当然だ」



 ……こちらがスキルを使ったこともお見通しか。

 久方ぶりに、背中に嫌な汗が浮かび上がった。しかし、同様にこれほどまでの脅威を俺は、待ち望んでいたのかもしれない。



「ツラかせよ、親父。久方ぶりに親子水入らずで話そうぜ」



 その場を支配するプレッシャーに負けじと、声を張って席を立つ。

 真っ正面から視線を押し返す。ニヤリと、男は笑ってみせた。



「ハンッ、いい顔するようになったじゃないか。ついて来い、話し相手になってやる」

 


 剣を肩に担ぎ、愛染の胴着をゆったりと着こなした長身の男――ユリウス・ユースティスは、屋敷の裏手にある修練場の方へ向かっていった。



「……ライラ。おまえもここで待ってろ。なんならヨシュアの傷でも治してやってくれ」


「はぁい。お待ちしてます、ユウリ様」



 親父に吹き飛ばされたライラが、右腕を押さえながらヨシュアの元に向かった。

 痛みでのたうちまわっているヨシュアの腹部に足蹴を喰らわせおとなしくさせると、緑色の光がヨシュア全体を覆った。



「んだこのヤロー、こちとら治療中なんじゃい、邪魔すればこいつのメガネへし折るぞゴラアッ!!」



 治療しているヨシュアの腹につま先を食い込ませながら、不穏な視線を送る騎士たちに叫ぶライラ。

 多分、大丈夫だろう。

 ライラならこの数相手に引けは取らないだろうし、生真面目なミュリエルがいる。

 親父がでばり、交戦の命令が出なかった以上、俺は客として扱われている。

 ミュリエルなら、手出しはさせないはず。



「さて、行くか」



 消えてしまった親父の背中を追って、俺は門をくぐった。

 ふと、バルコニーに目を向けると、そこには見覚えのあるブロンドの少女がいて。



「ユウリ様……っ」



 この距離からでもわかる泣き顔を作って、欄干に手をつく彼女の無事を確認できた俺は、一瞥だけ送ると修練場に向かった。





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