023 埋葬
ユースティス家の襲撃から数時間が経った。
ロールイス伯の騎士は捕らえ、屋敷を侵していた炎は鎮火した。
先ほどまでの輝かしい日光はどこかへ鳴りを潜め、今は鉛色の空が世界を覆っている。
「……こんなもんか?」
額に垂れた汗を拭って、スコップを肩に担ぐ。
二メートルほどの深さがある穴が二つ。そのうちのひとつは縦にも横にも少しばかり大きい。
ちょうど、ヒトが寝そべって入れるほどの広さ。
これは、墓だ。
葉巻を取り出して、先端をマッチで炙る。
紫煙を吹いて、その場に腰を下ろした。
「ヒトが死ぬってのは……やっぱいい気しねえよな」
知人なら、尚更。
害意を向けてくる敵ならばともかく、家族同然の仲間が死ぬのは、堪える。
この道を歩むと決めた時、多少なりとも覚悟していたことのはずだった。
流血は逃れられない。
そんなの、理解していたことだった。
だからこその、無慙無愧。
生きるためなら、守るためなら恥も外聞も知らないしどうでもいい。
俺は俺の好きなようにやって、目的のためなら手段も選ばない。俺の為すことやること全ては、結果として最善で最良なのだから。
だから、俺は後悔しないし振り返ることもしない。
それは今も変わらない。
だが、少し……
「なんだろうな……罪悪感? 後悔? 違うな……これは……きっと、誰かのせいにしたいんだ」
俺のスキルが、何かしら危機を訴えてくれていれば。
誰かが戦況を伝えてくれていれば。
俺が、戦いを愉しんでいなければ、すぐさま決着をつけていれば。
あったかもしれない可能性が、ぐるぐると頭の中で渦巻いた。
そんなこと、今更考えたって仕方がないのに。
惨めったらしく湧き出る思考を、紫煙と一緒に吐き出す。
「――ユウリさん。準備、できましたよ」
「……ああ」
隣に立ったライラの影が、静かに脈動したかと思うと水溜りのように大きく広がっていき、奥底から何かが這い上がってきた。
ライラのスキル【
道具、食料、魔法から生きた人間まで、収納した時の状態で永続的に保存することができるスキルだ。
程なくして、浮かび上がってきたのは二つの棺だった。
「腕のいい納棺師でしたよ。まるで眠っているみたいに、きれいに整えてくれました」
ライラの言うとおり、腕のいい納棺師なのだろう。
棺から覗いた顔は、あれだけの攻防がなかったかのように、安からに目を瞑っていた。
「ユージ、ライル……安らかに眠ってくれ。おまえらの意思は、俺が余すことなく継ごう」
ふたりの顔に触れる。冷水とはまた違うつめたさが、指先から伝わってきた。
「来世もどこかで落ち合おうぜ。それまでは、向こうでしっかり鍛えておけよ」
***
ふん。ふふん。ふふふ~ん。
カチカチと鋏を動かして、布に軌跡を描く。
脳に刻み込まれた鮮烈なイメージを顕現させるかのように鋏を、鉛筆を走らせる。
「はぁ……僕のかわいいシャーロット。きっとキミも喜ぶはずだ……僕手作りのウエディングドレスだよ。世界にひとつしかない、キミだけに贈るキミだけの純潔さ!」
「……」
意気揚々と、鼻息を荒くしながら鋏を鳴らすヨシュアの姿を、半日ほど見させられているシャーロットは、いいかげん気が狂いそうだった。
まるでデッサンのモデルを頼まれているかのような気分だった。
微動だにすることすら許されず、お手洗いに行くことすらままならない。
ただ石像のように、息を殺して椅子に座り続ける。
そんなシャーロットを存在しないかのように扱うヨシュアは、
「愛しいシャーロット。僕だけのシャーロット。キミの瞳には宝石がハマっているのかい? なあ教えてくれよ。僕はキミのことならなんだって知りたいんだ。キミのためなら僕は、どれだけ時間がかかろうとも全身の毛穴の数を数える腹積りさ」
――ここ数時間、この調子で愛を謳っていた。
鼻歌を鳴らし、鋏を鳴らし、軽快なステップを踏んでシャーロットの名をさえずる。
――わたしは、こんな人間と結婚させられそうになっていたのですね……。
見てるこちらまでおかしくなってしまいそうな青年の姿を眺め、体を震わせた。
かのような男と結婚するぐらいなら、野蛮な盗賊に攫われていた方がまだマシかもしれない――と考えて、思わず笑ってしまいそうになった。
あれだけ逃げ出したいと望んでいたのに。
助けを待っていたのに。
いざ救出されてみると、その先は地獄だったなんて。
夢想していた王子様が、まさか野獣にも劣る狂人だったなんて、いったいどこの純情な乙女が予想しただろうか。
――ユウリ様……。
脳裏に浮かんでは消えていく主人の顔。
たとえ首輪が外され、奴隷という身分から解放されようとも。
体の奥底……魂に刻まれた
むしろ、増していくばかり。
鳥籠の外は地獄なのだと知った小鳥は、ふたたび鳥籠を求めて目を伏せた――その時だった。
「――よ、ヨシュアさまっ!」
勢いよくドアを叩いた男が、部屋の主の名を叫ぶ。
「どうした?」
どこか緊張した声音に、ヨシュアは訝しげにドアを開けた。
出てきたのは、側近の男。
表情を強張らせた男が、言った。
「わ、若様が……面会しに訪れました」
「なに……? まだ死んでいなかったのか、あの愚兄は」
「幼い女をひとり連れて……私もこの目で確認しました。あれは、ユウリ様です」
「ロールイスがやり損なった? あの状態で……ザリシュはどこだ?」
「それが……」
男は、思い出したかのように狼狽した。
「どうした?」
「ザリシュ様のクビが……ザリシュ様の屋敷に届いたと、つい先ほど報告が入りました……」
「……は?」
「No.7のエルザ・エリトン様のクビも、同様でして……」
あのザリシュが、死んだ?
その信じられない報告に、頭がパンクしそうになった。
「あの老人は、父上に匹敵する男だぞ……?」
「ですが……報告が……」
「何かの間違いだろう。それか、愚兄の情報操作か。あのザリシュに限って死ぬことはないし、殺せるのは父上に並ぶ者のみだ。あの愚兄に殺せるはずがない」
そうムリやり結論付けて、ヨシュアは眼鏡を上に押し上げた。
「で、では若様はどういたしましょう?」
「殺せ。運よく生き延びたというのに、たった二人だけで攻めてくるとは……随分と舐められたものだ」
「……いいのでしょうか、相手は話し合いを……」
「ふざけるなよ、話し合いだと? 話し合いで解決できる問題はとうの昔に終わってるんだよ」
そう、ユウリがヨシュアの婚約者であるシャーロットを攫ったという結果がある以上、ヨシュアは彼を許すことはできない。
「なんなら僕がこの手で殺してくれる……そうだ、それがいい。なぜそうしなかったのか」
執務机に立てかけておいた
思い出したかのように振り向いて、
「シャーロット。キミの因縁を僕が断ち切ってあげるから、見ていてくれよ」
その言葉を最後に、ヨシュアは部屋から出て行った。
「……ユウリ様……」
残されたシャーロットは、ヨシュアの後を追うように部屋を出て、バルコニーへ向かった。
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