021 嗤う

「――皆殺しだッ!! 我らがお嬢様を攫い、奴隷へと貶めた卑劣漢を許すなッ!! そして奴に付き従う者もまた同類である!! 一人残らず地獄へ叩き落とせ!! それがお嬢様の意思としれ!!」



 悲鳴と怒号が湧き流れる広大な屋敷内。

 至る所から響く殺戮の気配に、玄関ホールで陣頭指揮を務めていたハカン・ハリベルは、馬上から愉悦に声を漏らす。



 招集した騎士の数は二百。遺憾なことながら、先の戦闘で半数ほど削られてしまってはいたが、手負ひとりと屋敷内の非戦闘員を処理するには十分すぎる数だった。



「ハハハハハッ、これでシャーロット様も報われるぞ! ロールイス伯もお喜びになられる!」



 誘拐されてから約半年あまり。

 公領から王都まで、隈なく捜し続けていた。休暇も家族との時間もドブに捨てて、我らが麗しいシャーロット様の捜索に身を費やした。



 挙句、見つけることかなわず捜索は打ち切られ、無念の日々を送っていた彼らに吉報が届いた。

 


 それは、行方不明となっていたシャーロットが使用人としてギャング組織のもとで働いているという情報だった。

 ご丁寧に写真付きで公爵家に送られてきたそれを見て、ロールイス伯は滂沱のごとく膝を折り涙を流していた。



 王国に本家を置くギャングの直参【ロア・サタン】。

 シャーロットが行方不明になってからというものの、著しく急成長を遂げ、公領を支えるまでに発展した組織。



 あの高貴なお方が、使用人に格下げされている。怒り狂った騎士団は、すぐさま武装を整え、こうして公領に足を運ぶに至った。



 すべては麗しのシャーロット・ロールイスを奪還するために。



 公爵家の長女であり次期当主ヨシュアの妹君アリシアも捕らえられており、奪還するためともに手を組み、結果、作戦はほぼ成功している。



「あのアリシア殿を捕らえたというから警戒していたが、所詮はギャング。ただのゴロツキがいくら集まろうとも、訓練され実戦で鍛えられてきた我らの敵ではない」


「ハリベル様、地下に隠し通路を見つけました。おそらく何名かはそこから脱出したのではないかと。向かわせますか?」


「そうだな、十名ほど向かわせろ。そして屋敷に火を放て。シャーロット様にとってはこの屋敷そのものが負の象徴ッ! 残しておけばお嬢様の心は癒えんだろう」


「しかし、まだザリシュ殿が戦闘中ですが?」


「かまわん。殺しても死なぬような老人だ。気を遣うだけ無駄である」


「わかりました」



 慇懃に頭を下げた部下が火を放つよう命令を下す。

 火矢が壁や天井に放たれ、瞬く間に炎が燃え移り、黒い煙が立ち込めてきた。

 屋敷の外に移動したハカンは、燃え崩れていく屋敷を眺めながら、パイプをくゆらす。

 


「壮観だ……やはり火は素晴らしい。美しい、興奮すらおぼえる。まるで妻に一目惚れしたあの街道に咲くアマリリスのごとき可憐さだ」



 パイプから漂う煙が黒煙と絡み、凄まじい熱気がこの距離からでも肌を焼く。

 やがて激しかった戦闘音が鳴りを潜め、聞こえてくるのは焼け落ちてくる木材の音だけ。



「作戦終了。隠し通路に向かった者たちと連絡は取れるか?」


「連絡…………繋がりました。ハワードからレイゲンへ、聞こえるか?」


『あー、こちらレイゲン。異常なく全滅しました~、残念』


「……は、あ、は?」



 インカムから流れてくる女の声が、キャピキャピと嗤う。



「どうした?」


「そ、それが……」


『んー、さっきから臭いなあ。おまら、もしかして火ぃ着けた? ひとんに土足で上がり込んだ挙句、火まで着けたの? やっば、おまらマジでイカれてるよ。情操教育ってのがなってないねえ』



 女のダラダラとした科白セリフの背後で、聞き覚えのある男たちが悲鳴をあげていた。

 通信主の首に、汗がにじむ。 



「なにをしている? お前は一体だれだ?」


『聞きたい? じゃあ聞かせてあげる』


『おいやめろ、やめろやめろやめろやめ――』


「っ!?」



 何か硬いものが潰れ、散らばるような音がインカムから鼓膜を突いた。

 


『ひとつ、助言してあげる』


『ヒィぃぃぃぃ、た、助け、やだやだまだ死にたくなっ――』



 インカムの向こうから続く、果物がことごとく破裂しているような音に、通信主のみならず、異常を察して通信をひらいたハカンの元にも届いていた。



『早く逃げたほうがいいよ? それで勝った気になっているなら、頭お花畑も甚だしい。うちの幹部連中をいくらヤったところで、あのひとの焔に油を注ぐようなもの。楽な死に方はできないよ』


「……ふん。下手な脅しだ。怖がらせたいならもっと脅迫というものを勉強してこい小娘――っ!?」



 ハカンの声を遮るように、仲間の絶叫が響く。

 何をされているのかはわからない。ただ、何かを削ぎ落とす音に混じって、風圧がインカムを叩いている。



『まあどうでもいいけどさ……ケジメはしっかりとらせてもらうよ』



 その言葉を最後に、通信は切れた。

 冷たい空気が騎士たちの中で蠢いた。



「う、狼狽えるなっ! 所詮は敗者の戯言、負け惜しみと言うヤツだ! 我らの勝利は揺るがんしこれ以上の被害もな……」


「な……んだ、あれは……」



 ハカンの鼓舞を遮ったのは、この場を襲う尋常ではない威圧プレッシャーだった。

 全身の毛穴を針で穿たれているかのような、死の気配。殺気。

 それは、部下が指さした方向から現れた。



 炎海のごとく様相を呈した屋敷の正面玄関。

 かつては豪奢な赤い絨毯が敷かれ、絢爛さを物語っていた中央階段から、人影が歩いてきた。

 この炎と煙の中、歩いてくる。

 人体に有害なそれらですら装飾品と言わんばかりに、身を焼き滅ばさんと迫る炎をも従えて、悠々と、紳士然とした黒スーツの男は、こちらへ向かってくる。



「あ、あれ……は……」



 一度だけ、見たことがある。

 それは五年前。

 ロールイス家とユースティス家の交流仕合の際、たったひとりでロールイス家の騎士を下した鬼才の剣士。



 いつからか、弟と妹の影に隠れるようになったあの少年の、戦いに飢えた貌を今でもおぼえている。



「あの時と……同じ」



 見間違えるはずがない。

 この記憶にしっかりと焼き付いている。

 以前とは比べ物にならない風格と身なりを宿してはいるが、その本質は何も変わっていない。



「生粋のバトルジャンキー――まさか、あの男、あの老師を打ち倒したとでも……!?」



 その驚愕に、答えが帰ってきた。



「久しいな、ハリベル卿。早速だがその首、ここに置いていけ」



 悪魔が、嗤う。

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