014 志

 甲高い音が修練場に響き渡った。ついで、硬いフローリングのうえを転がる音。

 ぐったりと汗まみれの体を仰臥ぎょうがさせて、荒い息を吐き散らす。

 


 強い――なんて、レベルじゃない。



 赤髪の少年は、むしろ清々しい気分さえ味わうほどに、彼我の格の違いを理解した。

 もはや意味がわからない域。

 理解が、追いつかない。



 少年――カイトは、腕っ節だけが取り柄の男だった。

 下っ端連中では誰も相手にできず、ライルぐらいにしか彼を扱えるものはいなかった。

 その彼が、なすすべなく大の字に寝転がっている。



「もう終わりか? いやまだだろう。いつまで寝てる。早く立て。剣をれ。構えろ。さあ。さあ。さあ!」



 ライルより強いのは、わかっていた。

 己より下の男に従うような男ではない。


 

 とはいえ、ここまでの開きがあるだろうか。

 剣を交えて、いやでも理解させられる。

 たとえこの場の全員で囲もうと、彼には一太刀も浴びせられることはできない――



「大人気ないわねえ。子ども相手に本気マジになっちゃってんの」


「止められるのはマナフ様しかいないかと」


「ふふっ、そうだ。ライラとライルで鎮めてきてよ。ええ、それがいいわ。ブラディもそう思うでしょ? きっとおもしろいことになるわ」


「――はい。ここで一度、主の実力差を全員に魅せつけることで、謀反の無謀さを知らしめ、かつ指揮上昇の効果が期待できるかと」


「おーい? おまえ、すごい他人事みたいにいってんじゃねえよ。聞こえてっからな」


「あーあ、こういう時って非戦闘員うらやましー」



 名指しされたふたりが、不平不満を言いつつも腕をストレッチさせながら、子どもをイビっている我らがボスの元へ向かう。



「でも、こうしてみるとあんま年齢変わんないよねー」


「大将は十七で、カイトは十五だからな。つっても、大将のあの風格は十代にゃ感じられねえ」


「同感」



 手のひらに氷玉を発生させたライラは、ユウリに向かって勢いよくそれを投げつけた。

 すぐさま木剣で捌かれ、その時にはもう、ライルが距離を詰めている。



大将ボス、一太刀浴びせたらそのスーツ俺にくださいよ」



 肉薄したライルの切り上げは、届く前に払われ蹴りがライルの腹を穿った。

 大きく息を吐き出してくの字に曲がるライルの耳元を、風切り音が走る。



「いやダサっ! しっかりしてよ前衛!」



 氷のつぶてが六発。後退るライルの隙間を抜けて放たれたそれらは、掠りもせず壁にぶち当たる。



 件のユウリは、半円を描きライラとの距離を詰めていた。

 とうてい人間技ではない角度で体を倒し、迫る木剣はしかし――飛び出た氷像によって阻まれた。

 


 一瞬の静止――あらかじめ用意しておいた術式を展開。

 氷の柱がユウリを囲うように噴出し、抜け出す暇なく鳥籠を創った。



「ボスとこうして立ち会うのは久々……です、えぇ……?」


臥滅ふめつ流・赤炎ノ型――戟虎ゲッコ



 木剣を振り上げ、檻に向かって叩きつけるユウリ。

 国を守る防壁とほぼ同等の堅牢さを誇る氷の鳥籠が、あろうことか、なんら術式も付与されていない木剣によって粉砕された。



 尋常ではない技の熟練度。

 いや——果たして、そんな言葉で足りるだろうか。



 もはやひとの域を超えた所業。

 理屈すら彼の前では通じない。



 しかし、対価に木剣は破砕し、ユウリの手から得物はなくなった。

 これで終わった――と、安堵も束の間、



「――お届け物よーう♡」


「んなっ!? なに余計なことしてるんですか、マナフ様!?」



 観戦していたマナフが木剣を投げ渡し、キャッチしたユウリが薄く微笑んだ。



「は、はは……こりゃあもう、とことんやるしかなさそうですね……」


「くそ、一撃与えんぞ! あのスーツは欲しい! せめてネクタイ、いやブーツでいいッ! 大将ボスの持ち物が欲しいッ」


「生粋のおっかけだねー」



 隣に並んだライルを半眼で見遣り、ライラも術式を編み上げる。

 下っ端そっちのけで、幹部ふたりを相手取ったボス直々の稽古がはじまった。




***




「すげえ……ライルさんがあんな苦戦してる――ていうか、もはや相手になってねえや……!」


「ライラさん、辛うじてって感じだ……俺らのボス……マジで強え、バケモンかよ……!」

 

「おまえ、よくボス相手に二分も持ち堪えたな!」



 目前で繰り広げられる凄まじい戦闘の余波を受けながら、カイトはタオルで汗を拭う。

 完膚なきまでに叩きのめされた。



 清々しく打ち負かされ、二度と敵にまわさないと誓いながらも、しかし牙が折れたわけではない。



 あのひとに剣では勝てない。

 けど、どうしても彼と同じ土俵で剣を届かせたいと思った。

 


 矛盾しているとは、言われなくともわかる。

 だが――



「……お、おい。どうしたよ、カイト?」


「……」



 ボスの持つ剣理をマネて、木剣を振り下ろす。

 何度も、何度も。

 教官ふたりを余裕綽々と相手取るボスのあの剣が欲しいと、渇いた魂が叫ぶ。



「……っ! ……っ! ……ッ!!」



 ギャングに家族を奪われ、ギャングを潰すためだけに鍛えた剣の指向を捻じ曲げる。

 憎きギャングのボスを打倒するという面では、これまで通りかもしれない。しかし、あのヒトに勝ちたいという想いは、全くの別物だった。



「な、なんか知らんけど、やる気だな……! 俺も、あんなん見せられたら滾っちまうぜ!」



 気がつくと、カイトの他にも木剣を構え、その場で素振りをする人間が増えた。

 素振りした下っ端たちに囲まれて、激闘はその十分後に決着がついた――。

 



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