006 仲間の使い道
目まぐるしく視界が変わる。
決して脚を止めるな。一度でも止まれば呑み込まれるぞ。
ひとの形をした濁流の中を走りつづけ、戦意に薪を焼べていく――
「――ッ」
「いっ――いでぇ!? ヒィぁぁぁ腕がぁぁああッ!?」
横薙ぎが男の腕をへし折る。
返す刃が迫る釘バットを真上へ押し上げ、敵へタックルを喰らわし道をひらく。
追い討ちはかけず、木刀の一振りに全霊をこめて、一撃でつぶす。それが対集団戦時のセオリーだ。
「くそッ、あいつ人間じゃねえッ!? マジに殺す気で打ってきやがる……!!」
「おいおいおい、こいつおかしいぞっ、息してねえッ!! 息してねえって!!」
すでに五十人は潰したが、まだまだ波の勢いは緩まない。
怯えと悲鳴は少数。後退る者も少なくないが、逆に戦意を煽らせている者もいる。
これは……想像以上に厄介だ。
単体のレベルは所詮そこらのゴロツキ程度だが、これだけの人数が揃うと凄まじい暴力になる。
「――ぶォら死ねえぇぇッ!!」
「―――」
だが、幸いなことに――
仲間意識の強いコイツらは、味方を巻き込んでまで突っ込んでこない。
そこだけは感謝して、
「沈め」
沈め。潰れろ。死ね。
木剣のリーチを活かして、拳が届く前に沈める。
隙間を縫うように走り、独特な歩法が編み出すリズムですべてを置き去っていく。
「
加えて、進行上の敵へ一撃ずつ見舞うことで、移動と攻撃を兼ねる。
このような集団戦のおいてしか使い道のない技だが、その分、ハマれば強い。
「臥滅流・
壁際付近に到達すると、反転――三百六十度、全方位に木剣を薙ぐ。
間合は短くなるが、臥滅流で唯一の全方位に対応した技だ。
これも使い所を間違えなければ強力な術技だが、その分、腰への負担が強く連続して使えないのが欠点だ。
「なんだ……何なんだよアイツ、なんで、たったひとりなのに……!」
まるでバケモノでも見るかのように表情を歪めさせて、集団の大将が震えた声を発した。
「なんでこの人数で、これは……夢なのか……ッ!?」
「ゆ、ユージさんッ!! マジでやべえよ、このままじゃ全員死んじまうッ」
怒声に困惑の声が混じり始めた頃――目に見えて減りはじめた集団が、攻撃の手を止めて後退った。
血の海に沈む無数の輩。
木剣とはいえ、殺す気で打っている。何人かは生きているだろうが、いま立っている人数以上は、確実に死んでいる。
「不毛だよな。タイマンで蹴りつけるか、オッサン」
疲労を押し隠して、俺は大将に向き直る。
木剣を担ぎ、余裕綽々と笑みを作った。
疲れを気取られないよう、獰猛に。
「これだけ血を流して、得られるものは何もねえ。兵隊の無駄死にだ。とはいえ、そっちもタダじゃ終われねえだろ。だから、俺とおまえのサシで決着つけようぜ」
「……いいだろう」
覚悟を決めた大将首の男は、スキンヘッドにタオルをしばり、集団をかき分けて前に進み出た。
よかった。正直、限界に近かった。
どれだけ時間が経ったのかはわからないが、これだけの数に囲まれ敵意を叩き込まれていたのだ。
精神的にも肉体的にも、掛け算で疲労が溜まっていく。
これが木剣ではなく真剣だったなら、話は変わってきていたかもしれない。
とはいえ、考えたって仕方がないことで。
「俺が負けたら、もう抵抗はしねえ。好きにしろ。だが……」
「おまえが……勝ったら?」
「俺が勝ったら……」
問われて、しばし考える。
困ったな。こいつらにやってほしいことなんて何も……いや。
こいつらにも、利用価値はある。
思考をまとめた俺は、微かに笑みを湛えて言った。
「きょうからおまえら、俺の兵隊な」
****
「ユージっス、よろしくおなしゃすッ!!」
顔面をボコボコに腫らし、丁寧に腰を折ったのは、俺との一騎打ちで負けた集団の大将だった。
相手に合わせ木剣は使わず素手で相手にしたのだが、案外しぶとくやりすぎてしまい、結果原型をとどめることなく顔面が腫れ上がり、左腕は複雑骨折している有り様だ。
スキル【
「ゆ、ユウリさん……なんですか、この麗しいお方と犯罪チックなお嬢さんは……」
「俺のツレだ。手ェ出したら殺すから」
「りょ、了解っス」
「……」
「……」
人間なのかどうかの区別もつかないユージの顔を見て、怯えた視線を向けるふたり。
まあ、ムリもないだろう。俺だってこいつがおなじ人間なのかわからないところだ。
「さて、思いがけず仲間ができたが……」
約束どおり、ユージ含め外で掃除させている兵隊たちは俺の傘下に入った。
すんなり行くとは思っていなかったが、ユージの人望は強いらしく、ユージが従うならばと俺についてくることを決めたそうだ。
とはいえ、つい数時間まえまで生きていた仲間の死体処理をやらされるなんて不憫なことこのうえない。
俺の言えた口ではないが。
「それで、どうするんすかユウリさん。忠告っスけど、今回の件は組織全体に知れ渡ってる。俺らが失敗したってなると、また襲ってきますよ。……俺らはもうあんたの下だが、兵隊を無駄死にだけはさせたくねえ」
真剣味を帯びた声音で、つづけてユージは頭を下げた。
「せめて、アイツらは逃がしてやってください。俺はどこまでもついて行きますんで」
「……ムダ死ににはさせねえよ」
つぶやいて、しかし……それは約束できなかった。
このままだと組織の刺客が絶え間なく襲ってくる。
それはマズイ。
あまり騒ぎになり過ぎると、鎮静のためこの場に親父殿の抱えた騎士団が突入してくることになる。
他にも王国の
「……」
「どうしたの、ユウリ?」
シャーロットとマナフを見遣ってから、自分の顎に手を添えて思考を回す。
せめてこのふたりがいなければ……騎士団や軍徒が出てきても、最悪どうにでもなる。
何より、一番の問題はシャーロットだ。
ロールイス伯爵の娘を誘拐したのが俺だとバレたら……いや、ここにいるのが知られたら、公爵と伯爵……少なくとも二つの勢力に追われることになる。
どうすればいい?
どうすれば、いい?
頭がパンクしそうになる。時間に猶予はない。
組織の襲撃はいつだ?
どれくらいの人数で来る?
食料は?
本当にユージたちをまとめることができるのか――?
「――優先順位を……決めた方がいいのではないでしょうか?」
「え……?」
これまで黙っていたブロンドの少女が、怯えを拭いきれぬ状態のまま、そういった。
「一旦、やらなきゃいけないことを書き出して、整理したほうが……いいと思います。わたしも、よくそうしていましたから。そうするだけで、落ち着くから」
「……そうだな」
言われたとおり、俺は紙とペンを取り出して、箇条書きにまとめた。
書いているうちに頭の中が空っぽになっていき、パンクしそうになっていた脳が楽になる。
こうして紙に書き出すと、ふたたび思考がうまく、より深く回りはじめた。
「ユージ。おまえらの
「え、あ、っと、俺はまだまだ下っ端なんで、教えられてませんが……溜まり場ならいくつか知ってます」
「そこでいい。普段、どれくらいの人数がいる?」
「そっすね……だいたい十~三十人ぐらいの下っ端が常に待機してるっス。呼び出しがあればいくって感じで」
それを聞いて、頷いた俺はシャーロットの足枷を解いた。
「え……?」
「ど、どうしたの……?」
つづいて、寝室から繋げられていた鎖を解除し、マナフの拘束も解く。
状況を理解できないといった様相の二人とユージを視界に収めて、俺は考えついた計画を話す。
「ユージ、おまえの組織……俺が乗っ取るぞ」
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