007 襲撃

「――何? アレフラがやられた? どういうことだ」



 人気のない路地に、男の声が響いた。

 時刻は午後十時過ぎ。

 ハット帽をまぶかに被った男は、護衛の男数人を引き連れ、ひと気のない路地を進む。



『アレフラだけじゃねえ、リリッドもだ。まだ調査中だが、ここ二日で幹部が三人もやられてる。クソが、どこの輩だ……!?』



 耳穴にはめ込んだ機器から、慣れ親しんだ仲間の悪態が響いた。



 通話端末インカムと俗に呼ばれるこの通信機器は、魔導工学が進んでいる帝国から流れてきた代物だった。



 原理はわからないが、遠くの人間と会話できる——このような革新的な機器を、使わない理由がなかった。

 


「ツメるだけじゃ治まらねえな、ソイツは……何がなんでも捕まえてバラすぞ」



 葉巻に火をつけて、紫煙を夜の空に吐き出した。



『ああ。捜索は急がせてるが、これ以上幹部をやられるワケにはいかねえ。兵隊の士気に関わるからな。――アタモフ、間違っても一人で出歩くなよ』


「もちろんだ。俺はそこらへん臆病でな。常に五人は周囲に置いてる」


『それぐらいがいい。……なあ、俺たち、まだやれるか?』


「……どういうことだ?」



 さっきまでの威勢のいい声音が、トーンを下げた。

 不安気につぶやかれた言葉に、アタモフが眉間を寄せた。

 


『いや、今回のことで領主に目をつけられなければいいんだが。俺らは、泳がされてる節があるしよ』


「……安心しろ。俺らは大丈夫だ。なんでも、ボスは領主と裏で繋がってるっつう噂だ。なんかあっても俺らだけは助かる」


『……そうか。なら大丈夫か。悪い、ちょっと胸騒ぎがしてな』


「なんとかなる、そう怖気付くな。とりあえずは、身の安全のことだけを考えてろ。わかったな?」


『ああ、おまえもな』



 通話を切り、ろくに吸えず灰となった葉巻を地面に放り投げた。



「モルトスさんからですか?」


「ああ、なんでも……最近、うちにちょっかいをかけてくる輩がいるらしい。おまえらも気をつけろよ」



 懐から新しい葉巻を取り出して、火を着けようとしたその時だった。

 前方から複数の跫音きょうおん

 なかなか火のつかない葉巻から顔を上げたアタモフは、連中の面々をみて眉をひそめた。



「なんだ……おまえら……?」



 問いに、集団の戦闘……木剣を携え、フードで目元を隠した男がかすかに笑った気がした。

 ゆっくりと木剣を持つ腕が上がり、切先がアタモフの目線に固定される。

 明確な戦意。

 舌打ちを響かせ、大きく息を吐いた。



「おまえらが件の連中っていうわけか……」


「あ、アタモフさん……」



 呼ばれ、後ろに視線を向けると――背後から、十人ほどの男たちが逃げ場を塞ぐように立っていた。

 


「……なるほどな」



 葉巻を咥えたアタモフは、木剣の男を注意深く観察しながら、さてどうするかと考えて——。

 結果、シンプルに帰結する。



「火……持ってるか?」


「……」


「ねえか……なら――やるしかねえわなッ!!」



 葉巻を捨て、アタモフは木剣の男に殴りかかった。





****





 わたし、シャーロット・ロールイスが誘拐されてはや一ヶ月が経ちました。

 


「嬢ちゃん、あんがとな」


「わたしもおねがーいっ」


「シャロちゃんの飯はやっぱうめえなあ」



 奴隷の身分に落とされたわたしは、主人であるユウリ様の元から逃げることかなわず、こうして雑用を手伝っています。



「そういや大将、あのエルフの嬢ちゃんと奥行ったっきり帰ってこねえな。まさかよろしくやってんじゃねえの? おいユージ、見に行ってこいよ」


「あぁ? そういうのはそっとしておくのがいいんだよ。知らないフリができてこそ優秀な側近なんだよ」


「んー、下品。まあわたしもライルの意見に賛成だけど。おもしろそうだし」

 


 ユウリ様がギャングを乗っ取ると宣言して、瞬く間に状況は変化しました。



 その日のうちに不良の溜まり場をいくつか襲い、情報収集。

 運よく訪れていた幹部を拉致し情報を吐かせると、他の幹部や拠点ベースヤードの位置を炙り出し。

 


 組織への忠誠心が比較的うすい下っ端やスラム街の若者をかき集め、ユウリ様は着実に組織を侵食していったのです。



「んま、どうでもいいか。それよりもこりゃあ、幹部の特権だな。シャロちゃんの手料理を食えるのは。マジにハマりそうだぜ」


「シャロちゃーん。おかわりー」


「おいおい、あまりシャロちゃん働かせんなよ」


「大丈夫です、ユージさん……わたし、こんなことしかできませんから」


「しゃ、シャロちゃん……っ」



 ユウリ様が任命し、それぞれ役割を与えた幹部の方達の雑用をこなすのがわたしの仕事です。

 わたしの存在を知るのは、ここにいる三人の幹部と数名だけ。

 情報流出を防ぐために、信用できるひとたちしかこの隠れ家に入れないようにしています。

 


「シャロちゃんって、どこかの貴族なの? もうなんか、風格からして一般人じゃないよー」



 ユウリ様の親衛隊隊長であり幹部唯一の女性ライラさんが、猫のような目を細めて訊いてきます。

 ライラさんは背が低く、華奢な体型なのですが、この中で一番強いとユウリ様が評価する猛者です。



「えと……」



 言葉に困り、視線をライラさんから外します。

 なんて答えていいのかわからなくて、でも何か言っておかないと怪しまれると思い、それでも喉から言葉は出てきません。



 そうこうしているうちに、ライルさんが会話に入り込んできました。

 ライルさんは、スラム街で数十人の若者を率いていた実質スラムのボス。



 茶色の長い髪で、切れ長の目は鋭く、スラリとした体型ですが引き締まった筋肉が垣間見えます。



「実は、ちょっと前に拉致られた伯爵の娘だったりしてな。一般人にしては格がちげえ。俺らみてえなクソな生い立ちとは正反対な、高貴な雰囲気がある」



 鋭い目つきが、わたしの瞳を覗き込みます。

 視線を外したいのに、外せない――なんともいえぬ圧力に、わたしは……



「――ユウリさんに限ってそんなことしねえよ」



 助け舟は、ユージさんから送られてきました。

 みんなの視線が一斉にユージさんへ向かいます。



「んでだよ?」


「なんでって、あのひと……シャロちゃんを大事に扱ってるだろ。もし伯爵の娘なら、奴隷商に売り飛ばして金にしてるはずだしな。好きでもねえ女を手元に置いておくほどリスクを取るようなひとじゃねえ」


「確かに。が、その惚れた相手が伯爵の娘だとしたらどうよ。逃げられないよう奴隷にしたってことにすると嫌に辻妻があうな」



 ライルさんの視線が、再びわたしに向けられます。

 ギュッとワンピースの裾を握りしめて、目元を伏せました。

 ここでわたしが真実を話したとして、誰もわたしを助けてくれないのは明白です。

 きっと哀れに思われて終わり。

 だれも助けてはくれません。

 だから、いうだけムダなのです。

 同情なんて、いりません。

 


「――シャロ、どうかしたか?」


「あ……ユウリ様」



 ポンと肩に手を置かれて、振り向くとそこにはユウリ様がいました。

 隣にはわたしと同じ奴隷の首輪をつけたマナフさんが、清楚なメイド姿で立っています。



「シャロちゃん、ユウリがいなくて寂しかったのではありませんか?」


「あ、ぃ、いえ、そんな……むしろ、何も手伝えることがなくて……その」


「ふふ、シャロちゃんかーいいですね。よしよし、いっしょにご飯を食べましょう?」


「あ、でも……」



 わたしの腕を抱いてテーブル席に連れていくマナフさんの体から、ユウリ様の匂いが漂ってきました。

 無言でやりとりを見ていたユウリ様を盗み見ると、



「腹減ったろ。好きなだけ食べてくれ」


「ユウリもそういってるのですから……座りませんか?」


「……はい」



 頷いて、マナフさんの隣に腰を降ろした。

 ここは、居心地が悪い。

 当たり前だけれど、ここ最近は、特に。



 少し前までは、同じ囚われの身だったマナフさんとは共感しあえる仲間だった。

 ともに無事にここから抜け出そう。

 そう約束したのに――今では、ひとが変わってしまったかのように別人だ。



「? どうかしたー?」


「い、いえ……」



 マナフさんは、裏切り者だ。

 



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