004 義/姉妹

「それで――なぜ、ユウリ様を追放などと、そのような非情なことに至ったのです?」


「んぅ~? ……ふぅ~。……さあ? パパと眼鏡おにいが決めたことだからねえ。わたしはどうしようもできないし、わたし的には都合がいいし、ね」



 キセルから甘ったるい香を吐き出して、脚をソファの外に投げ出す。

 沈み込んでいく感覚を味わいながら、横になったアリシアが対面の少女に目を向けた。



 色素の抜けた、雪のようにまっさらな髪。おなじく日焼けの跡などひとつもない白磁の肌は、深窓の姫君然として麗しく、また不気味でもあった。



 白雪のショートボブを飾り付けるのは、黒い蝶を模す髪飾り。

 それは昔、マグノリアが成人した際にユウリが渡したプレゼントだった。


 

「婚約も解消し、晴れて他人となった元お姉様が、こんな忙しい時にどういったご用件で? そろそろ本題に入ろうよ。おしゃべりしに来たワケじゃないんでしょ?」



 キセルを口に含み、紫煙を肺いっぱいに溜め込んで、吐く。

 忙しいというのは本当であって、また嘘でもあった。



 忙しいのは、行方不明となったシャーロット・ロールイスと婚約する予定だった兄ヨシュアとその側近だけ。



 一昨日、何者かによってロールイス伯爵の一人娘が誘拐された。

 公爵お抱えの騎士団【ガーリザ・エルトス】も走らせているようだが、依然として行方は掴めないらしい。


 アリシアにとっては義姉となる相手だが、行方をくらましたからといって気に病むこともなければ捜す気力も湧かない。至極どうでもいい事柄だった。

 


 それは、目前の元義姉彼女もおなじ。

 



「冷たいですね。私はまだ、あなたのこと妹のように思っているのですけど」


「それは残念。わたしはあなたのこと、一度も姉だなんて思ったことないよ」


「ふふ、そうでした。あなたはユウリのこと、嫌っていましたからね。〝お兄ちゃんの妻があんな奴なんてわたしは認めない。絶対に許さないから〟って――ふふ、ふふふ。口で嫌悪を吐くわりに、兄想いのかーいい妹じゃないですか」


「……盗み聞きって、たいした趣味だね。おねーちゃん」


「陰口もご大層な趣味ですよ」



 ふふ、ふふふ。少女ふたりの含みある笑い声が応接室に響いた。直後、ひんやりとした殺気と共に剣が撫で、マグノリアの首筋に添えられた。



「――言ったよね? あんたはもう身内じゃない。辺境候田舎者が舐めたくち聞いてんじゃあないよ」



 触れるか触れないかの間に置かれた刃。これ以上舐めたことすると殺す……明確な殺意を込めてめつけるアリシアに、しかし一切の怯えも震えもなく淡白に、マグノリア・アイザックは告げた。



「まあこわい。辺境に住む者を野蛮人と揶揄するお方はよくいますが、はて……この状況ではどちらが野蛮人か。あっ――そういえば、アリシアも儀礼の場では侯爵でしたね。道理で、あなたも私とおなじ野蛮人でしたか」


「その度胸だけは認めるけど、なに……? ほんとに死にたいわけ?」


「ユウリ様がいないのであればこの命、あってないようなもの。だれに殺されようとかまいませんわ」


「…………」


「…………」



 無言で睨み合うふたり。しばらくして、アリシアは剣を納めた。

 テーブルに乗っけていた足をおろし、どすんとソファに腰をおろす。



「ほんっと、あのバカおにいが好きなんだ。相変わらずだね、おねーちゃん」


「ええ。私から望んで婚約に持ち込んだのですから」


「ハイハイ。それで……そろそろ本題に移ってよ。まさか本当に、ムダ話をしにきたわけ?」


「そうですよ。一ヶ月も移動に費やして、ムダ話をしにきただけ……結果的に、ね」


「……バカおにいに会いにきたってワケだ」


「ようやく《禊》を終えられたユウリ様と初夜を迎えるために」


「……」


「厳選した勝負下着をありったけ詰め込んで、これまでのムラムラを一夜で発散しようと思っていましたのに……ここにきてお預けだなんて、堪らないわ……」


「……」



 白い肌に仄かな赤を帯びさせて、マグノリアは両手を頬に添えて体をくねらせた。

 


「十八年間も処女を守り通して、今夜、華々しく散らせると夢想し何度もシーツを濡らしてきたというのに……」


「あー、もう帰ってください」



 ほとんど表情も声音も変えず、まるで人形が演じているかのような様相に気味の悪さを覚える。

 そのくせ、わずかにだが垣間見える人間らしい感情の波が、マグノリアという少女を混沌たらしめていた。



「シャーロット様、見つかるといいですね」



 ピタリと、動きを止めたマグノリアが、バケツに水滴を垂らしたような静けさでいった。



「……ま、どうでもいいよ。わたしはただ、言われたことだけをやっとけばいいから」


「そう。では、お暇いたしますわ」



 黒と白で彩ったワンピースをはためかせ、その言葉を最後にマグノリアは部屋を出ていった。

 残されたアリシアは、紫煙を天井に向かって吐きながら、苛立たし気に横へたおれた。





****




「――おぼろ


「はい。ここに」



 廊下に出たマグノリアは、護衛の名を呼ぶ。

 出口へ向かって歩き進む主人の背後から、朧と呼ばれた女性が現れた。



「ユウリ様の消息を。おそらくまだ領内にいるでしょう」


「御意」



 そしてまた、気配とともに姿を消した朧に、やはりマグノリアはめもくれず。



「ユウリ様……マグノリアはもう、我慢できません」



 早くあなたを抱きたい。手に入れたい。本当の意味で、心までほしい。

 追放されたのならば結構。

 むしろ変なしがらみに囚われず、好きに愛しあえるから。



「ユウリ、ユウリ様……どこ、ユウリ様……」



 仮面のような無表情に、亀裂がふたつ。

 愛慕と悲哀に満ち満ちたマグノリアは、当主への挨拶もなしに屋敷を後にした。

 




 

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