003 初体験と行こうか
「え……だ、だれ……?」
怯えた表情。体を硬直させて、震えが走っていた。
そりゃ、そうだろう。
逆の立場なら、俺だって恐怖で震えてしまう。
「えと……」
「お、お父様は……お父様、はど、どこです、か……?!」
「お父様は……」
どうする?
路地とはいえ、叫ばれればすぐにひとがやってくるだろう。
この子を置いて逃げてもいいが、顔はバレてるし……。
「………」
「――っ!?」
俺の視線が、立てかけておいた木剣に移ったのを読み取ったのか、少女は顔を青くした。
ガクガクとさっきの比ではなく打ち震え、今にも気を失いそうな表情だ。
どうやら俺に嬲られると思ったらしい。
そんなこと毛頭も考えてはいなかったけれど、都合がいいので弁解はしなかった。
「……」
俺は無言のまま、木剣を取って路地を歩きはじめた。
この状態で街を出るには目立ちすぎる。
すでに誘拐犯は街を出ている――そう思わせてから、堂々とこの街を出よう。
まずは拠点が必要だ。
捜索がこの街外に至るまで、何日かかるかはわからない。
それまで身を隠せる拠点が必要だ。
薄暗い隘路を、怯えた少女を抱えながら歩く。
ポツポツと雨が降り注いできた。
****
「――ヒュ~、上玉じゃあねえかッ」
「うぉぉ、すっげええ……興奮してきたやべえ、はやくヤらせろよッ」
入り組んだ路地裏の最奥。
知る者しか知らない隠れ家じみたとある一室で、男たちが興奮に息を荒げた。
男たちの視線の的になっているのは、首輪のつけられたエルフだった。
絹のように繊細で、煌びやかな銀髪。
体の線がくっきりと映える褐色の肌。
俗に、ダークエルフと呼ばれる亜人族。
まだ未成熟で体つきもそこそこではあるものの、上質さを伺わせる美貌に透き通った肌艶……そして、恥辱に顔を染めながら、欲情を誘うビキニメイドの破壊力は相当なものだった。
「……ぅっ……!!」
「ほぇぇぇ、やっぱビキニメイド最高だぜなあ兄弟ッ」
「バニーも姫騎士も女医もよぉ、これまでいろんなプレイをしてきたが……ビキニメイドがいっちゃんそそり立つぜッ」
「くじ引き! はやく、くじ引いて順番決めようぜ!!」
「つうか、こんな上玉のエルフ、どっからパクってきたんすか?」
「あぁ? 奴隷商のアララールさんがよぉ……なんでも、調教済みエルフの性奴隷が欲しいっつう貴族様のために捕まえてきたはいいが、こいつ、まだ処女でテクもクソもねえらしい」
「なーるほど、俺らに調教しとけっつうことっすねッ」
「おうよ。期限は一ヶ月ももらった。枯れ果てるまでやっちまおうぜ。もちろん、避妊の心配はねえ。そういう術を仕込んだらしい」
「ひゃああああああッ!! さっさとやろうぜなあオイッ!!」
件の奴隷商が個人的に使用していた一室を改造して作った、バーの様相を呈した部屋。そこに集まった十人のギャングは、バーカウンターに集まりくじ引きを行いはじめた。
「っ……ひぐ、うぅ……」
小綺麗なソファのすぐ横で、これから身に起こる惨事と救いのない未来を想像して崩れ落ちたダークエルフの少女。
目元から溢れる涙が、膨らみはじめた丘の間に滑り落ちる。その姿がまた扇情的で、男たちは下卑た笑みを深めた。
気持ち悪い舐るような視線にさらされ、涙を止めることもできなくて、鎖に繋がれた首輪のせいで逃げることもできない。
どうして、こうなったの?
わからない。ただ森で果物を採っていただけなのに。
いつものように。
なにも変わらない、平穏な昼下がりのことだった。
「――よっしゃあぁッ!! いちばん、いっただきましたァ!!」
「チッ、さっさと済ませろよ」
「わーったよ、そう急かすな! 出るもんも出ねえぞッ」
俯いた少女の銀髪を掴み上げ、ムリやり顔を上げさせる。
涙で顔を濡らし、怯え切った少女に
カチャカチャと金具の外されている音が、いやに響いた。
絶望を双眸に宿したエルフの少女は、頭にモヤがかかったかのように、なにも考えられなくなって――
「……?」
「……ンだ?」
部屋の外で、おおきな音が弾けた。
何か重いものが倒れるような、ぶつかるような。
それが断続的につづき、こちらへ近づいてきているようだった。
「おい……だれか見てこい」
「まさかとは思うが、
「……わからねえよ。チッ、なんのための見張りだよ……クソ」
一人の男が苛立たし気にドアを開けた、その時だった。
「――ぶべらッ!?」
見張りの巨漢が、今し方ドアをひらいた男もろとも巻き込んで吹き飛んできた。
ごろごろと絨毯のうえを転がる二人。
ハッと息を呑み込んだギャングたちは、すぐさま懐から得物を取り出して、構える。
開け放たれたドアから、雨の匂いが漂ってきた。
静まり返った部屋には、地面を強く打ちつける雨音と――
「っ……」
悠然と、歩み寄ってくる足音だけが反響する。
「――よう。いい隠れ家じゃあねえか。俺にくれよ。なあ」
なんの策もなく、真正面から顔を覗かせたのは、黒髪の少年だった。
血がびっしりと染み付いた木剣を肩に担ぎ、反対の手には、憔悴しきったブロンドの少女を抱えている。
情報量の多い異質な風貌の少年は、堂々と部屋に足を踏み入れた。
「おまえらどうせ社会のクズだろ。ゴミだろ。なら俺が有効活用してやるから喜べ、劣等」
「……おいおい……おいおいおいおいおい、兄ちゃん……」
呆気に取られたのも一瞬、相手がガキだったことに安堵したギャングたちは、宴を邪魔されたことへの怒りを滲ませて、
「やっていいこととやっちゃいけないことがあるでしょ、ねえ?」
ナイフをチラつかせながら少年へと近づいていく。
「ボク、貴族ぅ? 身なり良さそうだねえ。そっちの子は妹さん?」
「……」
「妹さん、カワイイねえ。その子をここに置いていってくれたら、きみだけは助けてあげるけど、どうする?」
無論、助ける気などないが――嘲笑を浮かべ、少年との距離が二メートルを切った瞬間だった。
「ペラこいてんじゃねえ、牛顔」
「――ぶぼあッ!?」
少年の間合に入った瞬間、木剣が捉えきれぬ速度で跳ね上がり、男の顎をかち割った。
一撃で沈み、後ろへ倒れた刹那にはもう、少年はその場にいなかった。
「な――っ、どこに行きやが――」
「食うか食われるかだ。恥も外聞もねえ――」
なにが起こったのか、いまだ理解できていないダークエルフの真横を跳び、壁を蹴って勢いをつけた少年が、木剣を振りかぶる。
狙いは、無論――頭部。殺す気で振り下ろす。
「喚けよ劣等――
自分でも、何言っているのかわからないような言葉がくちを突いて出た。
気付かぬうちに高揚していたのだろう。
こうして、家族や騎士以外に、本気で剣を振るうのははじめてのことだったから。
実戦ははじめてだった。
人殺しははじめてだった。
女の子を抱えながらの戦闘もはじめてだった。
「きょうは初体験がたくさんだ……喜んでいいのやら、悲しめばいいのやら」
一分も経たずして、男たちの頭部をかち割り沈めた黒髪の少年――ユウリは、夥しい量の血に濡れた木剣を担いで、呆然と座り込むダークエルフを見やった。
「悪かったな……お楽しみ中に。ここ、使わせてもらうぞ」
と、すこしだけ申し訳なさそうにに目礼した。
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