第29話 転売

 小山田課長が自席から新聞紙を片手に麻衣香を呼び寄せた。

「支那がうちのやり方をまねして、囚人に無農薬野菜を作らせ始めたそうだ。ほら、ここに書いてあるだろ。しかも販売価格は我が国の半値だってよ。こっちも価格を下げないと対抗できないんじゃないか?」

「いいえ、逆にこっちの思うつぼですよ。相変わらずパクることしか能のない支那。先の読めない間抜けなやり方です。ふふ、それにしても半値とは超がつくお買い得品ですね。せっかくだから全部買い取ってあげましょう。少しでも売れ残ったら利益が出ないほどの価格設定でしょうから」

「何を言ってるんだ、黒川君。忙しすぎて脳みその回線がショートでもしたのかね?」

「お言葉ですが、課長の方こそ脳みその回線が錆びついてるんじゃありませんか?買い取ると申しましたが、正確には仕入れるということです。そしてそれを比較的裕福な国々に転売するんです。支那の価格設定は、例えば、玉ねぎなら一個当たり10円かそれ以下の値段でしょう。我々はその値段で買って30円から40円で他国へ売ります。輸送費や関税、人件費をさし引いても確実に儲けは出るでしょう。一個当たりの儲けは微々たるものですが、数トンレベルになれば、日本を代表する大企業の一つが国に納める税金くらいにはなるものと考えられます」

「なるほどねえ。相手のやり方を逆手に取るわけだ。しかし、誰が買い占めをするんだね。一か所だけなら大使館の職員にでも買いに行ってもらえばいいんだろうが、何万という販売店をカバーする手立ては考えてあるのかい?」

「もちろんです。支那のやり方は予想していましたので、外務省を通して現地の人材は確保してあります。野菜を買うだけの簡単な仕事ですので学生でもできますから、賃金の安い高校生を現地大使館が募集して、必要最小限の人員をすでに確保済みです」

「ずいぶん手回しがいいな。ところで、支那の野菜を買う資金はどうする?」

「当面は我が国の国庫から出しますが、転売してお金が入ってくれば、次からはそのお金で買い占めを行います。国庫からの支出は桐島事務次官と交渉して、こちらも確保済みです」

「あの桐島君がよく承認したもんだね」

「何しろ、けっこうな額の外貨がわが国にもたらされるんです。元手はすぐに回収できますし、嫌とは言いません。守銭奴とは言われましたけど。ふん、あの青瓢箪あおびょうたんが」

調子にのってつい悪い癖が出た。

「それと、転売先の国はどこらへんになるんだね。支那が輸出してる国とダブったら意味がないだろう」

「はい、主にヨーロッパを考えております。支那はアメリカやロシア、アジア諸国をおもな輸出先としていますが、ヨーロッパはほぼ手つかずの国が多いのが現状です。ヨーロッパの国々の支那に対する印象はかんばしくありませんし、逆に日本とは友好関係にある国が多く存在します。日本からのリーズナブルな値段の無農薬野菜となれば、北欧などの健康志向の強い国々からの需要は相当高いと思われます」

「中国産の野菜を日本産と偽るのかね?それはまずいだろう」

「日本産とは言いません。ただし、野菜を輸出する国の大使館内に会社を作り、そこからの輸出とすれば勝手に日本産だと思ってくれるでしょう。例えば『日本野菜輸出機構』とでも明記して送れば、おおかたメイド・イン・ジャパンとして見てくれるかと思います。いちおう野菜を梱包する箱の隅に小さく支那産とは記しますが、そこまで見る人はほとんどいないでしょうね」

「税収の厳しい昨今、財務省にとってはありがたい話だろうね。ところで、多忙な君がそこまでやってパンクしないか心配になるよ。いまや黒川君あっての法務省だからね。くれぐれも無理ををして体調を崩さんようにしてくれよ」

「ご心配には及びません。私には優秀な助手がついていますので。実際、海外の大使館とのやり取りは全部彼女にやってもらいましたから」

麻衣香は南彩花のほうを見て言う。彩花はそれに応えるようににっこり笑った。

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