第27話 銃の不在

 ある日の仕事終わりにプレハブ小屋に戻ると、鉄心は、自称IQ160の元ITエンジニアである福盛慧ふくもりさとしに、無人島からの脱獄の一部始終を話して聞かせた。頭脳戦を挑もうという相手が、どの程度の知力の持主か知っておかなければ、その上をいくことはできないだろうと思ったからである。二人のほかには長峰博人ら数人が壁にもたれて話を聞いている。皆、慣れない農作業で疲労の色が濃い。

「そんでもって、最後は救急車に誘い込まれてよ、待ち伏せていた黒川にまんまと捕まったってわけだ。綿密に計画を立てて実行したにもかかわらず、いとも簡単にやられちまった。ここもどんな仕掛けが施してあるかわかったもんじゃねえぞ」

「なるほど、そいつは少々手ごわいかもしれんな」

「例えばよ、ここには銃を持った警官や看守が一人もいねえ。なぜだと思う?」

「電流フェンスの外にも二重三重に罠が仕掛けてあるってことか」

「フェンスの外に出て逃げようとしたら、深い落とし穴でも待ち受けてるかもしれねえぞ」

「単純な罠だが、ないとは言えんな。落とし穴の底に逆茂木さかもぎでもあったらひとたまりもないしな」

「そもそもフェンスの扉自体スマホの操作だけで電流が解除される安易なもんじゃねえと思う」

「だろうな。考えられるとすれば、扉の前に来た役人が、スマホで遠く離れた場所にいる別の役人に合図を送り、そいつが実際は電流をカットする、なんていう仕組みかもしれん」

「二人とも肝心なこと忘れてねえか?」

ヒロトが割って入った。

「どこを目指して逃げるかってことだろ」

鉄心が答える。

「ああ、そうだ。連れてこられたとき目隠しされてたからな。今いる場所がどこなのかさえ分からねえ。仮にここを出られたとしても、知らねえ土地をさまよってるうちに発信器で位置を特定されて捕まるのはわかり切ってる」

ヒロトは皆がわかっていることを代弁した。

「どうするよ、エンジニア先生?」

鉄心が問う。

「うーん・・・」

福盛はうなったきり言葉を発しなかった。


 黒川麻衣香が化粧室から自席に戻ると、南彩花がやってきて書類を一枚手渡した。麻衣香が受け取って目を通す。

「西村のバカ、性懲りもなくまた逃げること考えてるみたいね」

全てのプレバブ小屋には盗聴器が隠されており、逃げる、殴る、殺すなどの言葉はもちろん、少しでも不穏な言葉が発せられれば彩花のパソコンに会話が記録される仕組みになっている。その中から対策を要するものや重要だと判断したものを彩花が選り分け、プリントアウトして麻衣香に報告することになっていた。隠語でも使って会話しなければ、悪だくみはすべて筒抜けというわけだ。

「落とし穴なんかないのに勝手に想像してくれましたね」

「頭の回る人間ほどいろんな可能性を考えるものよ。銃を誰にも持たせなかったのはそのため。それと、西村と長峰がやったように、銃を奪って人質を取り逃亡するのを防ぐ意味合いもあるわ」

麻衣香も落とし穴を考えなかったわけではない。しかし、あれだけの広大な農場の周囲に深い穴を掘り巡らせるとなると、重機や人足代、掘った土の処分費などを合わせると相当な出費になる。それを100以上の農場でやるとなれば、億の出費を覚悟せねばならない。ならば、銃の不在で疑心暗鬼に陥れ、盗聴器で不穏な動きをチェックすればいいと考えた。

「福盛っていう男もたいしたことないですね」

「そうね。電流フェンスの扉の仕組みはほぼ当たってるけど、二人目で解除すると考えるあたりまだ甘いわ。二人目からさらに三人目に合図が届いた時点で電流を解除するのよ。ほかになにかあった?」

「いえ、特には」

一日中パソコンの画面を見つめている彩花の目は充血して赤くなっている。

「ごめんね。さあちゃんだけに面倒な仕事押し付けて」

彩花が気の毒で、職場であるということを忘れて思わず愛称で呼んだ。

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