第26話 商才

 「黒川君、財務省の桐島事務次官がお呼びだ。今から会いに行けるかい?」

小山田課長の言葉にだくと答え、やりかけの事務仕事を素早く片付けてから、南彩花とともに財務省に向かった。桐島は髪をきっちり七三に分け、ゆで卵を想像させる青白い顔をした、いかにも神経質そうな男だ。何度か会っているが、麻衣香はどうもこの男が好きになれない。というより、はっきり言って嫌いなタイプだ。

 「遅いじゃないか、黒川君。15分も待たせて。こっちは忙しい身なんだ。私が呼んだらすぐ来るもんだよ」

外務省と並ぶ重要省庁である財務省、その事務方トップの威を振りかざし、思い切り上からものを言ってくる。エリート中のエリートには違いないが、多忙を極める麻衣香にしてみれば気分が悪いことこの上ない。

「すみませんの一言ひとことも言えんのかね。まあいい。ところで、随分と使ってくれたもんだね。例の囚人農場とやらに。こっちは1円でも切り詰めようと、日々血税の節約に頭を悩ませているというのに、農場の数が多いにしても億の金を使うとは、とんだ金食い虫だ。野菜を売った金を少しはこっちに回して、埋め合わせするくらいしてくれるんだろうね」

「いいえ、野菜の売り上げは全部支那人に送ります。彼らは強欲で、中途半端な額では満足しませんから。その代わり、埋め合わせはきっちりやらせて頂きます」

「どうやって?」

桐島が冷ややかなまなざしを向ける。

「これをご覧ください」

その言葉と同時に彩花がタブレット端末を桐島の前に差し出す。

「国会議員の一覧表のようだが、これが何だっていうんだね」

「収穫する野菜の中には傷物や形の悪いものなど、売り物にならないものが1割から2割出るそうです。それを議員の皆さんに買い取って頂きます。それぞれの議員の名前の右に空欄がありますよね。そこに野菜の買取金額を書き込みます。買い取ってもらった代金は税収扱いして国庫に納めさせて頂きます」

「法律でも作って強制購入させようってことか」

「いえ、強制ではありません。ただし、毎月、議員の皆様の購入金額を入力して、農水省のサイトにアップしてもらいます。それを見た有権者がどう思うかご想像ください。年明けには総選挙がありそうですから、購入金額の少ない議員のイメージは少なからず低下して、選挙戦に影響するのは避けられないでしょう」

「商売人でもないくせに、やたら商魂たくましいな」

「一覧表だけではありません。有権者に分かりやすいよう、購入金額の多い少ないのランキング表も掲載します。おたくのお大臣も噂ではなかなかの吝嗇家りんしょくかのようですが、税金を扱う省庁のおさが下の方に順位づけされるようでは、面目丸つぶれでしょうね」

「しかし、傷物や形の悪いものを高く売りつけるとなると反発は必至だろう。いったいいくらで買い取らせようっていうんだね」

「野菜の一般的な市価の2倍ほどで。傷がついていようと形が悪かろうと、味は変わりません。しかも完全無農薬のプレミアム野菜です。価格に見合った商品であると保証いたします。高給取りの国会議員の皆様からすれば、それでもむしろお安いくらいかと存じますが」

「女だてらに議員連中の弱みにつけこんで買わせようってことか」

「失礼ですが、それ、女性蔑視発言です。撤回してください」

「あ、そっ、わるかったね」

桐島はあっちの方をむいて謝るともなく謝った。

「しかし、たかが野菜の売り上げなど、たかが知れてるだろう」

「私の試算では、約700名の国会議員の先生方に、月1万円分ずつ買ってもらえれば、1年と数か月で1億円になります。それを最低10年続ける予定ですので、農場にかかった費用をお返しして余りある収入をもたらすことになります」

「なるほど。噂には聞いていたが、なかなかしたたかだな。議員に買わせる話はわかった。しかし、一般の消費者向けにはどうなんだ。やはり普通の野菜より2倍ほど高い価格設定なんだろ。買ってもらえるのかね」

「そちらも対策は講じてあります。各農場の監視員にスマートフォンを持たせ、農薬を使わず野菜を育てている現場を撮影させます。その映像を農水省のサイトで見られるようにすると同時に、おろす店舗の無農薬野菜を置く棚で目立つところにタブレット端末を設置してもらい、上記の動画を一日中流せば効果は小さくないはずです。今や人生100年時代、人々の健康志向はかつてないほど高くなっています。体にいいものとなれば多少高くとも買い手は必ずつくはずです」

「そうかね。まあ、こちらとしては出した金が戻ってくれば文句はない。ところで、君、役人より商売人のほうが向いてるんじゃないかね?ただし、もっと腰を低くすることを覚えられればの話だがね」

「ご忠告ありがとうございます。商売人になるつもりはありませんが、腰を低くすることならいくらでもできます。ただし相手によってですが」

「ふん、口の減らん女だ。もういい、下がりたまえ」

桐島はハエを払うような手つきで二人を退室させた。

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