第25話 農場生活

 鉄心は源田老人に頭をぽかんとやられた。これで今日3度目だ。

「頭はたたくなと言ってるだろ、このクソジジイ」

「うるさい、まったく、最近の若いもんはくわの扱いも満足にできんやつばかりだ。もっと腰を入れろ、腰を」

 源田源三はこの農地の近くに住む老人で、昔から農業を生業なりわいとしていたが、あとを継ぐ者がいなくなり、農地を売り払って自宅を新しく建て替え、今は年金をもらいながら悠々自適に暮らしているそうだ。そこへ、ある日役人がやってきて農業指導をしてほしいと言われたという。

「あのジジイ、78だってのにやたら元気だな」

昼休みになると、島にいた時と同様、賞味期限切れの弁当を食べながら鉄心が言う。

「毎日マムシ酒でも呑んでんじゃねえか」

弁当をまずそうに食べながらヒロトが応じる。

「婆さんと二人暮らしだって言うけど、あっちの方もまだ現役だったりしてな」

鉄心が下卑た笑いをもらした。

「爺さん、おまえにはやたら厳しいな」

「どうせあの女に言われたんだろ、ドS女の黒川に」

「おまえ、黒川に何かしたのか?随分いたぶられてるけど」

「別に」

「おい、じいさんタバコ吸ってるぞ。分けてもらおうや」

二人は農機具小屋の前で喫煙している源田のそばに歩み寄った。

「源田さん、一本だけ分けてくれませんか」

ヒロトが低姿勢で頼み込むと、源田は手招きして小屋の裏へ回った。二人も後に続く。

「役人に見られたらまずいじゃろ。奴ら、おまえさんたちを監視して、働かねえ者にはめしをやらねって言ってたぞ。タバコも見つかったら飯抜きになるんじゃねえか。まあいい、これっきりだからな」

そう言ってパッケージから二本取り出し分けてくれた。指導は厳しいが人情味はあると見える。

「ところで爺さん、農業指導していくらもらえんだ?まさかタダでやってるわけじゃないだろ」

タバコをうまそうに吸いながら、鉄心が興味本位で訊く。

「金はもらわんよ。別に買いてえもんがあるわけじゃなし、あの世へ持っていくつもりもねえからな。その代わりに、収穫した野菜をもらうっていう条件で引き受けた」

「へえ、そんなに野菜が好きかい?」

「ただの野菜じゃねえ。無農薬で育てた野菜だ。うんめえぞお。そこらのスーパーやなんかで売ってるもんなんか食えなくなるくれえな。特にトマトの味ときたら、普通のやつが薬臭くて食えなくなる。ここじゃあ昔から無農薬専門よ。ひどく手間暇かかるが、いい値で売れたもんさ。みっちり作り方教えっからうめえ野菜作れよ」

「やっと足枷外されたと思ったら、今度は強制労働かよ。クソ役人らめ、やりたい放題だな」

「役人といやあ、なかなか頭の回る奴もいるようだな、あれ」

源田が指さしたのは、農園の周りに何本かの支柱を建て、そこに針金を何本も張りめぐらせた柵のことである。高5メートルほどもある針金の柵には電流が流れており、内からは囚人に脱獄を許さないため、外からは作物を食い荒らす野生の動物を侵入させないという二重の目的で設置されたものらしい。

「昔は猿や猪にさんざんやられて泣きを見たもんだが、あいつがあれば安心だな」

そう言ったのを機に、老人はその場を離れていった。

「なあ、ヒロさん。電流が流れてるっていうけど、役人が入ってくるときは当然電流を止めるよな。外から監視しててめったに入らねえけどよ」

「そうだな。その顔は、またなんかたくらんでるな」

「察しがいいな。鎌かなんかで役人おどしてよ、電源切らせるってのはどうかと思ってな」

「おまえも懲りんやつだな。そんなこと想定してるに決まってるだろ。あの女のことだ、事を起こせばどんなひでえ目に遭わせられるかわかったもんじゃねえぞ。俺たちよりはるかに頭が切れるからな。それにこいつはどうすんだ?」

ヒロトは左のわきの下を指さした。発信機が再び埋め込まれたのだ。それも心臓近くに。

「あっ、そうか。チクショウ、こいつは一生取り出せねえだろうな」

鉄心は根元まで吸い切ったタバコを投げ捨てた。


 農園内の一隅いちぐうには 、工事現場用のプレハブ小屋が数棟設置されている。その隣には、錆びついたドラム缶で作った五右衛門風呂と、簡易トイレが5個づつあった。まがりなりにも無人島よりは人間らしい生活をさせてもらえるようだ。

 鉄心とヒロトが作業を終え、指定されたプレハブ小屋に入ってゆくと、数人の男たちが車座くるまざになって話をしている。主に話をしているのは丸眼鏡の学者然とした男だ。

「監視員の一人が一度だけ中に入ったが、見た奴いるか?」

「土いじりでそれどこじゃなかったぜ」

別の男が答える。

「あいつ、針金の扉の前でスマホのようなものを操作してから中に入った。つまり電源をその時切ったってことだが、そのスマホか何かを操作して電流を止めたにちがいないと思う」

「まさかそいつを奪おうって腹じゃねえだろうな」

「そのまさかだ」

「どうやって?」

「それをみんなで話し合うのさ」

「奪ったところで操作方法や暗証番号がわからなけりゃどうにもなんねえだろうが」

「そこは任せてくれ。おれは以前ITエンジニアで、スマホや電子機器の開発を専門に手掛けていた。たいがいの電子機器は仕組みを熟知している」

「発信機がある限りどこにも逃げられねえぜ」

鉄心が口を開いた。

「それも問題ない。電波を遮断する機器の設計図を島にいるとき作っておいた。何らかの方法で時間稼ぎしている間にそいつを作って発信機を無力化すればいい」

丸眼鏡が得意げに言う。

「あんたは知らんだろうが、ここを作ったやつはやたらと頭のいい女だ。俺たちの考えをことごとく読み当てる。まるで脳みその中をすっかり見通せるみてえにな」

「知能勝負なら望むところだ。IQ160の俺とどっちが賢いか試してやろうじゃないか」

丸眼鏡が自信たっぷりに言うのを聞いて、鉄心も計画に乗ってみようかという気になった。

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