第24話 支那の野望

 2ヶ月ほど働き詰めだった黒川麻衣香は、懸案事項が一段落したこともあり、久々に有給休暇を取ってパートナーの南彩花みなみさやかを伴い、温泉旅行に出かけた。高級旅館に宿泊し、旨い酒を飲み、旨い料理を堪能して、命の洗濯をした。だが、楽しい時は須臾しゅゆの間にすぎ、職場で毎日会えるにもかかわらず、彩花とは瞬時も離れがたい想いが募った。麻衣香は課長に頼んで彩花を助手につけてほしいと願い出た。実際、多忙な麻衣香には有能な助手が必要だったため、課長もこれを承諾した。

「人事課には申し出ておくが、異論は出まいから、今日からでも助手として使って構わんよ。あ、そうそう、戻ったばかりで申し訳ないが、赤田国交相が今夕こんせき君に会いたいそうだ。南君も連れて行くといい」

今や「困ったときの黒川頼み」と言われるほど、政界では麻衣香の存在が大きくなっている。どうやらまた面倒な仕事が待っているらしい。


 指定された高級料亭に行くと、二人はすぐに個室に通された。入室すると、国土交通省の赤田一嘉大臣が手酌で酒を飲でいる。

「いやあ、わざわざ呼び立ててすまないね。美女が二人も来るとは酒がうまくなりそうだな、はは」

もう酔っぱらってるのか、この俗物が、と麻衣香は内心毒づいた。

「黒川です。こちらは助手の南と申します。どうぞよろしくお願いします」

「いやいや、堅苦しい挨拶はいらんよ。さあ、君たちも一献やりたまえ」

赤田が徳利とっくりを差し出したので、恐縮するそぶりを見せて受けた。高級料亭のわりにはたいした味ではない。大酒呑みというわけではないが、高級酒しか口にしない麻衣香は味にうるさい。

「早速ですが、ご用件を伺わせて頂けますでしょうか」

「うん、実は支那国しなこくの件でね。君も知ってると思うが、あの国の富裕層がこぞって我が国の土地を買いあさっておる。日本は人口の減少に伴い廃村や休耕地、所有者がいなくなった山林など、安く売りに出される土地が年々増加している。それらを支那人がことごとく買い取って、今や国土の8%近くが彼らの所有地だ」

「8%ですか。けっこうな広さですね」

「そう、たかが8%と思われがちだが、実際は岩手と福島という面積の大きい2県分にほぼ相当する大きさだ。投資目的か何だか知らんが、これはゆゆしき問題だ。専門家に聞けば、土地の購入にあたって支那政府が補助金まで出しているというから、買いたい放題らしい。日本だけじゃない、イギリスをはじめ過去に植民地にされた国々の土地をどんどん購入しているというんだ。今や世界一の経済力を持った支那が、過去の復讐と世界征服を企んでいるという大げさな話も出る始末だよ」

「それが法務省の私とどのような関係が?」

「いや、法務省というより、策士としての君の意見を聞きたい。竹ノ島の件で見事な策を披歴した君の意見をね。要するに、どうやったらこの流れを食い止められるかを君なりの視点で話してほしいんだ」

しばし沈思黙考したあと、麻衣香が口を開いた。

「大臣、失礼ですが、民法162条はご存知ですか」

「民法162条?さて、どんな条文だったか、忘れた、というより勉強不足だな、すまないが知らん」

「土地や不動産を他人の持ち物だと知っていながらも、20年間占有し続ければ自分のものにできるという法律です」

「占有ってことはそこに住み続けるってこと?」

「はい、基本的には」

「誰を住ませるっていうんだい?」

「現在、日本各地にある無人島に拘束している受刑者が8000人強おります。その受刑者を住ませる、というより拘留するというのはいかがかと。私の方でも、これから冬に向かい、吹きざらしの無人島で凍死者が出ないか頭を悩ませていたところですので」

「しかし、20年もの刑期を科せられた受刑者はそう多くないでしょう」

「ご心配には及びません。犯罪は毎日のように起きています。刑期を終え出てゆく受刑者の代わりに入っていく者が絶えることがないのが実情です。いちいち誰が出て誰が入っていくなど支那人がチェックするとも思えません」

「なるほど。でも、もし持ち主の支那人が見に来たらどうするんだい?」

「受刑者たちには畑を作らせ野菜や果物を育てさせます。それを売ったお金を土地の所有者に毎月支払うんです。8000人強という大人数の農業従事者が生み出す売上金を払えば、土地の購入金など数年で回収できるでしょう。回収するどころか20年もの間もらい続ければ、働かずして一財産稼ぐことができます。支那人はクレームをつけることなく喜んで居住を認めます。占有目的を隠すには十分な方策かと思いますが」

「なるほどなあ。で、ほかに問題点は?」

「はい、20年間占有し続けた事実を立証する必要があります。これも、農産物の売上金を支払った領収証を土地所有者から毎月もらえば問題なく解決できます」

「合法的に土地をぶんどっちまうわけか。さすが、名案だね。しかし、20年はちょっと長すぎるな。10年くらいにならんかね」

「わかりました。早速国会で審議してもらうよう法改正にむけて動きます」

話し終えた麻衣香は空腹をおぼえ、目の前の料理に箸をつけた。これも「高級」

というほどの味ではなかった。

 帰宅後は、言うまでもなく、麻衣香と彩花は酒や料理の不平を言いながら、互いに睦み合った。

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