第23話 策士

 黒川麻衣香がA会議室のドアをノックして入ると、そこには法務大臣の川合勝幸と防衛大臣の石橋茂の姿があった。ソファに座るなり石橋が話しかけてくる。

「いやー、さすが法務省一の切れ者だね、黒川君。鮮やかなお手並みだったよ」

「いえ、私はただ号令を発しただけですから」

「ところが世間じゃ大騒ぎだ。新聞の号外まで出たらしいよ」

「新聞と言えば、作戦を立てて実行したのは防衛省ということで記事になっていますが、かげに女策士ありと見ぬいた社もあるみたいですね」

川合が口をはさむ。

「現場付近に居合わせたマスコミ関係の人間が黒川君の指揮を見て書いたんだろうね」

石橋が推論する。続けて、

「ところで、駐日大使の件は聞いてなかったけど、よく引っ張り出せたね」

「ダミーですよ。外タレプロダクションから借りてきた張子の虎です」

「外タレプロダクション?」

「外国人タレント専門の派遣業者です」

「なるほど、アメリカ人が隣にいちゃ小韓の連中も発砲しにくいってわけか」

「ええ、倍返しの憂き目にあうでしょうから。それに竹ノ島が米国領になったという話にも説得力が増すというわで」

「なるほど。ああ、それと、今朝早くアメリカ国務省から電話があって、小韓当局からの問い合わせには口裏を合わせておいたと言ってきたよ」

「口裏を合わせる?」

川合が不思議そうに尋ねた。

「アメリカに竹ノ島を売却したというのはハッタリです。それと、軍艦も戦闘機も日本のもので、星条旗を張り付けただけの偽物です。もちろん乗組員もパイロットも日本人。すべて自作自演ですよ。ただ、当然小韓はアメリカに確認を取るでしょうから、石橋先生にお願いしてアメリカ側に事情を伝えてもらい、口裏合わせをお願いしておいたんです」

麻衣香は微笑を浮かべ説明した。

「事前に聞いてなかったけど」

「敵をあざむくにはまず味方から、ということでご理解ください」

「しかし、島に日本人が入れば、いずれバレるんじゃないかね」

「そのときはアメリカからまた買い戻したと言えばいいだけです」

「それだけコケにされたと知ったら小韓側は怒るだろうね」

「ご心配には及びません。怒ったところで、すでに竹ノ島の周辺は海保がガードをがっちり固めていて、侵入の余地など露ほどもありませんから」

「海に追い落とした小韓の連中はどうした?」

「栗橋船長の船が拾い上げ、小韓の漁船を見つけて李信成りのぶなりを除いて引き渡したみたいです。」

「連中、相当怒ってたろうね」

「栗橋船長の話によると、船長に殴りかかった者もいたそうです。が、船長は合気道の有段者で返り討ちにしたとか。腕の骨を折ってしまったかもって言ってました」

麻衣香が楽しげに話すのをきいて二人の大臣も笑った。

「ところで、受刑者たちはもう竹ノ島に拘留したのかね?」

川合が尋ねる。

「はい、李信成も含めて7名全員手錠をかけ連行しました。うち、西村鉄心と長峰博人は発信機を外しておりますので、代わりに足枷あしかせをはめておきました。片方の足に25キロ、両足合わせると50キロになりますから、走ったり泳いで逃げるどころか、普通に歩くのもきついでしょう。人一人が両足にしがみついているようなものですからね。それ以外に看守3名、島の5か所に一人づつ自衛隊員を配しておきました。全員銃を所持しています」

麻衣香は大まかなところを説明した。

「一つ疑問なんだが、最初から君が出陣していれば事はすんなり運んだんじゃないかね?」

今度は石橋が訊いた。

「もちろん意味なく囚人たちを行かせたわけではありません。彼ら7名はそれぞれの島で、様々なトラブルを起こしていた者ばかりです。ご存知の通り、西村と長峰に至っては脱獄を試みた札付きのワルです。小韓人を島から排除できればよし、できずに撃ち殺されてもまたよし、という意味合いを込めて送りました。まあ、悪運強く生き残ってしまいましたが」

「君も怖い人だ。敵には回したくないな」

なおも石橋が続ける。

「それにしても、冷え切っている小韓との関係も、これでますます悪化するだろうね」

「いいんじゃないですか。事あるごとに慰安婦や徴用工を持ち出して金をせびる卑しい国とは、国交を断つくらいでも私はいいと思ってますけど」

「君が総理ならやりかねないから剣呑けんのんだよ。東アジアの国々は微妙なバランス関係の上に成り立ってるからね。話は変わるが、黒川君、防衛省に鞍替くらがえせんかね。君ほどの知力と胆力を兼ね備えた傑物はわが省の男にもそうはいない。その気があるならすぐにでも幹部に登用しようと思うが、どうだろう?」

「せっかくですが、まだここでやり残したことがありますので」

「そうか、どちらにしても君ほどのうつわの持ち主が一官僚で収まるとは思わんがね。いずれは国政に打って出て、総理の座にすわるのも夢じゃないと思うよ」

「お言葉恐れ入ります」

麻衣香は莞爾かんじとしてほほ笑んだ。

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