第21話 上陸

 鉄心の策は的中した。漁船でやって来た小韓の衛兵3人を鉄心たちが縄で縛り上げ、町村がそのうちの一人のポケットを探り、エンジンキーを取り出して船を作動させ、竹ノ島に向けて航行し始めた。漁船は船尾につなぎいてゆくことにした。島に着くと人質の3人に先を歩かせ、桟橋を渡って上陸した。衛兵たちの姿が見えない。休憩でもしているのだろう。町村が中空に向けて銃を撃ち放つ。二棟ふたむねある建物のうち、大きくて立派な家屋のほうから衛兵たちが飛び出してきた。鉄心は李の姿を認めると、大声で言った。

「てめえ、よくも裏切りやがったな。奴らに伝えろ、一人残らずこの島から出ていけとな。さもなくば人質を射殺する。漁船だけはくれてやるから、その船で小韓に帰れ」

李はハングル語で衛兵たちに伝えると、鉄心の指示に答えた。

「わかった。荷物をまとめるから少し時間をくれ」

そう言うと、全員家屋の中に入ってゆく。再び出てきたときには、皆荷袋を手にしていた。彼らはこちらに向かって歩いてくる途中で立ち止り、背中を向けて荷袋の中を探っている。鉄心たちは身構えた。少しして奴らが振り向くと全員ガスマスクを装着している。と気づいたときは催涙弾が飛んできていた。視界をふさがれたら敵の思うがままだ。

「しまった。逃げろ、船に向かって走るんだ!」

鉄心が叫んだ。9人が桟橋を走る。催涙弾を浴びる前に、何とか全員、小韓船にたどりついた。人質に取った3人は連れて来れなかったが、とりあえず9人とも船の中に収まった。

「おい町村さん、漁船の中の荷物は確認しなかったのかよ。あれはオレたちの催涙弾とガスマスクだぜ」

「すまん、失念していた。襲撃されたときせめて催涙弾だけでも持って逃げるべきだった」

「これからどうするよ?」

「任務失敗だ。栗橋船長の船に戻る」

「この船じゃ敵と間違われるだろうが」

「近くまで行って、あとはシュノーケルセットをつけて泳げばいい」

「それより、いっそ小韓本土に行って新しい人質を連れてこようぜ」

「だめだ、危険すぎる」

「なら、いっそ、北韓ほっかんまで行って3人ばかり拉致してこようぜ。顔立ちは小韓人と同じだからわかるまい。奴らも日本人を拉致してんだからお互い様だろ」

「無茶言うな。戦争になるぞ。おまえらが任務を成功させて刑を軽くしたい気持ちもわからんではないが、ひとまず冷静になれ。まだ万策尽きたわけじゃない」

「どんな策が残ってるってんだよ」

「それは・・・栗橋船長と相談してみる」

「ちっ、頼りねえな、町村さんよ」


 「そうだったか、残念だが仕方あるまい。武器も持たずに武装した相手を島から追い出すなど、しょせんは無理な話だったのかもしれんな」

海保の船に戻った一同に向かって、栗橋船長が同情の意を示した。

「それにしても李信成りのぶなりだけは許せねえ。あの野郎、初めから寝返る気でいやがったんだ」

鉄心が吐き捨てた。

「わずかな可能性だが、あとはその李信成を利用するしかないだろう。日本人であり、日本の刑罰に服していたのだから、当然、武装した日本の警察官が李の引き渡しを求めて島に上陸することは可能だ」

「たしか、竹ノ島は島根の領土だよな、文書上は」

「そうだが」

「そんなら島根県じゅうの警察官を総動員して島に乗り込もうぜ。100人以上はいるんだろ。数にものを言わせて制圧すればいいだろ」

「私にそれを命令する権限はない。とにかく、任務が不首尾に終わったからには、受刑者たちを東京拘置所まで連れ戻すのが私の仕事だ。悪いが従ってくれ」

そう言うと、栗橋船長は背を向けて歩き去った。

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