第20話 裏切り

 李信成りのぶなりが島に上がってからしばらく経つ。その間、栗橋船長の船のほうから銃声が聞こえてきているにもかかわらず、小韓の衛兵たちに動きはない。鉄心は上陸作戦の説明後に黒川から聞いた言葉を思い出していた。ほかのメンバー全員が退室したあと一人残るように言われ、忠告を受けたのだ。

「李は私と話してる間、一度も私の目を見なかったわ。念のため、そのことを頭に入れておいて。それとは関係ないけど、あなたの生殺与奪せいさいよだつ権は私が握っていることも忘れないで」

「なんだよ、その何とかっつうのは?」

「生かすも殺すもわたし次第ってこと。さんざんこき使ってからあなたの生死を決めることにするから。わかったらさっさと行きなさい」

 

 鉄心は我に返ってヒロトに話しかけた。

「黒川が、李のことを100%信用すべきじゃないようなことを言っていた。ヒロさんはどう思う?」

「よくわからねえ。ただ、あいつ、国籍上は日本人だが、体に流れてるのは小韓人の血だ。小韓に亡命させて自由の身にしてやるとでも言われれば、寝返っても不思議じゃねえかもな」

「そうだな。それに、二言三言ふたことみことで済む話をしに行ったにしちゃあ長すぎる。念のため、シュノーケルセットをつけて海中に身を隠そうぜ」

鉄心を含む囚人6人と海保の乗組員3人は、下着1枚になりシュノーケルセットを装着後、海に潜った。鉄心だけ水面に顔を出していると、果せるかな、李を先頭に自動小銃を携えた小韓の衛兵たちが、桟橋を渡り漁船に向かって歩いてきた。鉄心は素早く水面下に顔を沈める。水中に潜ると、船底ふなぞこが揺れるのが見えた。やつらが跳びのったらしい。続いて銃を乱射する音が聞こえた。鉄心らが船倉に隠れている可能性を考えて撃ったに違いない。

(危なかった。あと少し海中に逃げるのが遅れていたらやられていた)

鉄心は内心胸をなでおろした。が、問題はここからである。このまま船の近くにいるのは危険だ。そう考えた鉄心は、潜っている皆に向かい島の西側をゆびさして泳ぎ始めた。魚のひれのようなものを足につけているから、ぐんぐん進むことができる。あっという間に島に西側に着き、一隻の船に取り付いた。船体にハングル語で船の名前らしきものが書いてある。おそらくこれで竹ノ島と小韓を往復しているのだろう。

 船側にかかっていた縄梯子なわばしごをつたって中に入る。海保の操縦士・町村がエンジンの作動を確認した。

「だめだ。キーがないと動かせん。ここで暗くなるのを待って夜襲をかけるか?」

「そうだな。それをするにしても敵は武器を持ってる。あんたら、銃はどうした?」

鉄心は町村に問うた。

「置いてきた、どのみち水にぬれれば使い物にならなくなるからな」

「船内に武器がないかどうか探そうぜ」

鉄心はあたりを見渡した。左手の壁面に自動小銃が3丁架けてあるのが目にとまった。手を伸ばそうとすると町村が間に入ってさえぎる。

「だめだ、おまえたちに武器を持たせることはできん。われら海保の3人が持つ」

「あんたら島に上陸してくれるのか?」

「やむをえん。こうなったら行くしかあるまい」

「夜襲をかけるのはいいが、こっちはどこに何があるかわからねえし、どこに誰がいるかもわからねえ。かえって不利じゃないか?」

「・・・・・・」

町村は沈黙した。

「どうだろう、この船をおとりに使ってみるってのは?」

「おとり?どういう意味だ」

「錨を上げて漂流させちまうのさ。小韓のやつらこの船がないと困るだろう。例の漁船で追いかけてくるんじゃねえかな。そんで、奴らがこの船に乗り移ったら銃で脅して縛り上げる。きっとエンジンを作動させるキーを持ってるだろうから船を島に向かわせる。どうだ、町村さんよ」

「よし、やってみるか」

鉄心たちは錨を引き上げ、船を沖合へと漂わせた。

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