第17話 指令

 海上保安庁の船が一隻、日本海を南下し竹ノ島に向かっている。船内では船長の栗橋が、西村鉄心以下7名の受刑者に向かい、法務大臣及び外務大臣の連名で書かれた指示書を読み上げていた。鉄心たちは両手に錠をかけられ、直立した姿勢で耳を傾けている。背後には3人の乗組員が銃を手に受刑者たちを凝視していた。

 「おおまかなことは出発前に聞かされていると思うが、細かな点も含め再度確認の意味で話しておく」 

栗橋は簡単な前口上を述べた後、本題に入った。

 「ひとつ、竹ノ島でのオペレーションは西村鉄心ら7名の意思によるものであり、日本国政府およびその関係者は一切関与しないものとする。これは、オペレーションがおおやけになった場合、日本国と小韓民国の外交問題に発展するのを避けるためである」

 「ひとつ、竹ノ島に滞在している小韓民国の囚人およびその看守、そして島の周囲に配置された衛兵をあやめることを禁ず。理由は前項と同様である。したがって諸君の任務は、小韓民人全員を竹ノ島から追い出し、二度と入島させない事である。そのために必要な用具等はこれから支給する」

 「ひとつ、オペレーション成功のあかつきには各々の刑を減ずる。まず、西村鉄心と長峰博人については脱獄罪を不問とする。その他の受刑者については、刑期を半減し、模範囚として誠実に服役すれば、さらなる軽減を検討する。オペレーション失敗の際は、これから拿捕だほする小韓民籍の船舶を用いてこの船に帰還すること」

 「ひとつ、小韓民人全員を竹ノ島から排除したのちは、そこを諸君の拘置所として滞在し刑に服すること。また、小韓民人により建設された家屋等に起居することを許可する。それ以外の服役規則は無人島でのそれに準ずる。以上」

 栗橋は伝達を終えると、囚人たちの顔を見渡し、質問の有無を確認した。

「拿捕した小韓民籍の船が使い物にならなかったら?」

李信成りのぶなりが問う。李は両親が小韓民国出身だが、日本生まれの日本育ちで、日本語とハングル語ともに流ちょうに話せるため、メンバーに加えられた男だ。

「支給する用具バッグの中にシュノーケルセットがある。それを装着し、水中にもぐっていてくれ。暗くなってから助けに行く。ほかに質問は?」

上陸方法およびその後の作戦内容は、出発前に法務省の黒川から詳しく聞いていたため、それ以上の質問はなかった。栗橋がズボンのポケットからライターを取り出し書類に火をつける。その行為が作戦の機密性の高さを一同に再確認させた。

「余計なことかもしれないが、これが諸君との今生こんじょうの別れとなるやも知れぬ」

船長が切りだした。

「たいしたものは出せんが、ステーキとワインを用意した。罪人といえども、日本のために仮想敵国である小韓民国から領土を奪還せんとする勇士たちでもある。せめてものはなむけだ。食べてくれ」

 テーブルと椅子が用意されて着席すると、7人分のステーキとワインが並べられた。乗組員たちが手錠を外す。鉄心は目の前のステーキよりもナイフとフォークに目がいった。ナイフを栗橋の首に当てて人質に取れば・・・。隣に座るヒロトを横目で見た。ナイフとフォークを握ったまま肉を切ろうとしない。同じことを考えているのか?ヒロトも横目で鉄心を見返す。互いにうなずき合った。視線を老船長の顔に移す。そこには穏やかな笑みが浮かんでいる。その顔があの銀五郎の面影と重なった。その包み込むような柔和さが鉄心に愚かな考えを捨てさせた。ナイフとフォークで切った肉を一口ほおばる。鉄心のような若造にもそれが高級な肉であることがわかるほどの美味であった。

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