第14話 脱獄

 鉄心とヒロトは、自らを「中村」と名のったひげ眼鏡を左右からはさむ形で、ドクターヘリ要請装置のところまで連れてきた。名前はどうせ偽名だろうと思ったがどうでもいい。

「仰向けになって寝ころがれ」

鉄心が命じる。

「何する気だ。お願いだ、もうあんなこと二度としねえから許してくれ」

「ああ、許してやるから一度だけ頼みをきいてくれ」

「本当だろうな」

「ああ、約束する」

中村がおそるおそる体を仰向けに倒す。

「ヒロさん、こいつの口をおさえてくれ。聞かれるとまずい」

「やめろ、やめてく・・・」

ヒロトが中村の口をおさえた瞬間、鉄心は懐から例の包丁を取り出し、両手で握って振り上げると、中村の右足の太ももめがけて振り下ろした。

「ギャー!」

包丁が突き刺さると同時に中村が叫ぶが、口から音はほとんど漏れ出ない。それでも念のため周囲を見渡す。誰も近寄ってこない。ヘリが来ればいやでも集まってくるだろうが、今はまずい。

「下剤を盛ってくれたお礼だ。さあ、おまえはけが人だ。そこの赤いボタンを押せ」

鉄心は包丁を引き抜いて懐に戻すと、中村に指示した。中村は刺された太ももをおさえたまま、体を丸めてボタンに手を伸ばそうとしない。代わりにヒロトがボタンを押した。


 しばらくすると、西の空にドクターヘリが姿を現した。鉄心とヒロトが手を振ってけが人の居場所を指し示す。地面が岩だらけのため、ヘリは慎重に島に着陸しようとしている。囚人たちが何事かと近づいてくる。くそっ、早く降りろ、鉄心は心の中でつぶやいた。

 ヘリがやっと着地すると、中から医療スタッフ3人と、マシンガンを携えた警官2名が降りてきた。鉄心とヒロトはけが人を介抱するふりをしながら、横目で警官二人の足元を見ている。あと三歩だ。鉄心は心臓がバクバク暴れるのを感じながら、ズボンのポケットに手を入れた。ヒロトもそれに倣う。二歩、一歩。鉄心とヒロトは互いに目配せをすると、ポケットから砂を握り出し、二人同時に警官たちの顔めがけて砂を投げつけた。警官二人が両手で顔をおさえマシンガンを地面に落とす。鉄心とヒロトはすばやくマシンガンにとびつきこれを奪った。二人はマシンガンを両手で構えて3人の医療スタッフのうちの二人のこめかみに銃口を向ける。鉄心が女のスタッフ、ヒロトが男のスタッフにそれぞれつきつける形になった。

「おい、おまえ、ヘリに乗れ」

鉄心が女にマシンガンを向けたまま、ヘリに乗るよう指示する。女が言われた通りヘリに乗り込むと、鉄心もそのあとに続く。背後ではヒロトが声を張り上げてほかの者たちに命じるのが聞こえる。

「全員その場から動くな。動いたらこの男を撃つ」

そう言うと、上空めがけてマシンガンで威嚇射撃をしたのち、男をおいて一人でヘリに乗り込んできた。これでヘリの中は、鉄心とヒロトのほかに、パイロットと人質にする女の計4人となった。ヒロトが扉を閉めようとすると、囚人が数人、扉にしがみついた。

「俺も連れていけ」

「俺も頼む」

「俺もだ」

鉄心とヒロトは口々に叫ぶ囚人たちの顔めがけてつま先で蹴りを入れ、すべて払いのけると扉を閉じた。

 鉄心は人質の女をヒロトに任せ、パイロットの後頭部にマシンガンを当てて言った。

「都立外科病院まで全速力で飛ばせ」

「場所がわからん。それにヘリが着陸できるかどうかも」

「嘘をつくな。ドクターヘリのパイロットがあんなデカい病院を知らんはずなかろう」

そう言うと、マシンガンを両足の間にはさみ、懐から包丁を取り出してパイロットの耳の後ろに押し当てた。

「耳を切り取るだけなら操縦に支障はないだろう。どうする、行くのか、行かないのか。耳の次は鼻、鼻の次は股間のものをちょん切るぞ」

「わ、わかった。行くよ、行くからその包丁を引っ込めてくれ」

「だめだ。ちゃんと着くまでは離さんからな。ほら、もっと飛ばせ、全速だと言ってるだろう」

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