第13話 姉妹

 麻衣香は姫乃ひめのの柔らかい頬に自らの頬を当て、そのぬくもりを存分に味わってから、そこに唇を当てた。それを幾度か繰り返すと、今度は少し厚みのある下唇をやさしく吸った。上唇を舌で愛撫し、その舌を姫乃の舌に絡ませる。そして、つややかな茶色がかった髪をなで、愛らしい顔を自分の胸に押し当てた。と同時に、舌で姫乃の耳をもてあそび、徐々に下へと這わせてうなじを濡らし、首筋をしめらせた。姫乃の体がほてってくるのを感じる。その紅潮した乳房を吸い、乳首をやんわりと嚙むと姫乃がかすかに声を漏らす。麻衣香の舌はまるで生き物のように下へ下へと這い降りてゆく。やがて黒々とした茂みに達すると、それをかき分け膨張した陰核に触れた。

 そのときだった。誰かにうしろから両肩をつかまれ強引にベッドの下にころげ落とされた。見ると、全身黒ずくめの男が姫乃の上に馬乗りになってその首を両手でつかんでいる。両手が徐々に姫乃の首にめりこんでゆく。麻衣香は助けようと腕を伸ばすが、金縛りにあったかのように体が動かない。助けを求めようと叫ぶが音にならない。姫乃は必死に抵抗するが男の両手の力の前になすすべもない。やがて顔から血の気が引き、ついにぐったりとなり動かなくなった。男が麻衣香を見る。その手には拳銃が握られていた。銃口が向けられる。男がゆっくりと引き金を絞ってゆく。弾が発射された。弾丸が回転しながらこちらに向かってくるのが見える。ゆっくり向かってくる弾を呆然と見ながら麻衣香は観念した。弾が麻衣香の眉間を貫くその瞬間、目がさめた。5年前のあの日以来何度も見る夢だ。両の目に涙があふれ、こめかみを伝って枕を濡らした。

 

 ベッド脇のサイドテーブルの上で、写真の中から幼い姫乃が微笑みかけてくる。麻衣香はサイドテーブルの抽斗ひきだしから一冊のファイルブックを取り出し、何枚かめくったところで指を止めた。書類を見なくとも何が書いてあるかとっくに覚えてしまっているが、あえて何度も見て目に焼き付ける。そこに書かれているものを見た。


 受刑者番号:TF-257613

 本名:西村鉄心

 生年月日:西暦2050年2月18日

 本籍地:東京都南村山市3-1357

 職業:アルバイト(水泳教室インストラクター補助)

 罪状:殺人

 被害者:黒川姫乃

 裁判経緯:物証・自白ともになく、検察が状況証拠を積み上げて刑を確定させた。

 西村は一貫して無罪を主張し最高裁まで争ったが、判決が覆ることはなかった。


 麻衣香は書類の右上に貼られた西村の写真を一瞥してファイルブックを閉じた。

 事件の被害者黒川姫乃は麻衣香の8つ離れた妹で、生きていれば今ごろは青春真っ盛りの年頃だ。幼少のころから両親の溺愛を受け、麻衣香もその玉のような美しい妹の世話を進んで買って出ては、ことあるごとに抱きしめていた。体を寄せ合うと、何とも言えぬかぐわしい香りがし、その香りを求めて何度も抱きしめた。一緒に風呂に入っては体の隅々まできれいに洗ってやった。夜寝るときには童話を読んで聞かせ、姫乃が眠りにつくと横で添い寝した。この世に姫乃以上に大切な存在はなかった。この少女時代の体験が、麻衣香をして長じてのち同性愛に向かわせたと自身思っている。麻衣香はパートナーである南彩花のなかに姫乃の面影を求めたのである。

 

 事件後しばらくして悲しみがわずかに癒えると、麻衣香は取りつかれたように司法に関する書物を読みあさった。そしてこの国の司法制度で罪人を裁くには限界がある、法律を変えなければ悲劇は起こり続けるという結論に達した。それからというもの、わき目もふらず勉学にのめり込み現在の職と地位を得たのである。また、それまで穏やかで物静かな性格の彼女の人格が一変したのも、この事件が色濃く影響していると麻衣香自身考えていた。

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