第10話 包丁
だいぶ暖かくなってきた。世間はゴールデンウイークを満喫しているころだ。
鉄心は海の浅瀬の部分で洗濯しながら、ぬれた古着で包丁の
ここに至って初めて鉄心は、発信機が足の裏に埋め込まれた理由を知った。
「チクショー、こんなことまで想定してやがったのかよ」
これを考え出した人間と、刃物さえあればと甘い考えをしていた己の知力の差を、まざまざと思い知らされたのである。
とにかくこの方法がダメとなると他の手を考えなくてはいけない。だが、その前に包丁だ。所持しているのがばれたらまずいに決まっている。鉄心は島の南側にある簡易トイレの脇に穴を掘り、そこに包丁を埋めた。いざ掘り出す時には簡易トイレが目印になる。
「おまえ、何埋めてたんだよ」ヒロトと呼ばれているオッサンがニタニタしながら話しかけてきた。
「上から見た限り、刃物だったようだが、もしかして、ジイさんを刺したやつか」
「あんたには関係ねえだろ」
「へえ、そうかい。隠すんならあの黒メガネの女にチクってやるぞ」
うかつだった。前後左右には気を配っていたが、まさか頭上から見られるとは。
「いや、その、釣った魚を刺身にしようと思ってさ。あんたも食いたいだろ、刺身」
「そんで、何で包丁を砂の下に埋めておく必要があるんだ」
「・・・」
必死に言い訳を考えるが何も思いつかない。
「もしかしてこれか?」
ヒロトが自分の右足を指さす。鉄心はあきらめて首を縦にふった。
「で、取り出したのか」
「ダメだ、この態勢じゃ包丁をうまく扱えない」
鉄心は先ほどと同じように、地面に腰をおろし、包丁を足裏にあてがう仕草をした。
「なるほどな。それで足の裏に埋めたってわけか」
「なあ、オッサン、お互いの発信機を取り出しっこしねえか」
「取り出してどうする」
「泳いで逃げるのさ」
「本土まで何キロあると思ってんだ。おれはせいぜい100メートルくれえしか泳げないんだぞ。それに足の裏に包丁ぶっ刺されるのも嫌だしな」
「それじゃあ、あんた、ずっとこのままでいいのかよ。腐れかけた弁当食わされて、ごつごつした岩の上で眠らされて。毎日ぼーっとしてるうちに年だけくって、出所するころにはすっかりジジイだぜ」
「そんなこと言われなくてもわかってら」
こんな不毛な会話をしても
やがてヒロトが口を開く。
「なあ、俺に考えがあるんだが、聞いてみるか」
鉄心がうなずくと、ヒロトは声をひそめて話し始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
聞き終えた鉄心はうなった。
「一か八かの策だな。だいぶヤバいがおれなりに考えてみる。少し時間をくれ」
「わかった、明日またここで話し合おう」
そう言って二人は別れた。
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