第9話 鉄の女
法務大臣の執務室隣に会議室がある。そこに先日起きた『根津銀五郎殺人未遂事件』の善後策を講じるため、関係各部署から責任者や担当者が招集されていた。
「だから土台無理だったんだよ。無人島を刑務所にするなんてさあ」
真っ先に口を開いたのは、法務大臣の川合勝幸だ。椅子にふんぞり返って貧乏ゆすりを繰り返し、いらだちを隠さない。
「午後の記者会見の原稿、できてるんだろうね」
「はい、ただいま担当者が鋭意作成中です」
事務次官が答える。
「もみ消しましょう」鋭く冷徹な声が会議室に響いた。
「君はたしか、秘書課の黒川君といったね。そんなことできるのかね」
川合が尋ねる。
「するしかないでしょう。さいわい、目撃者は島の囚人だけです。本土まで声は届きません。こんな事件が他の島にも知れ渡れば、大混乱を引き起こし収拾がつかなくなります。それに、大臣、あなたも無傷ではいられません。下手をすれば引責辞任に追い込まれますよ。人権団体もまたぞろ押しかけてくるだろうし、マスコミも大々的に報じて、最悪、内閣不信任案まで出されかねない」
麻衣香は力説した。
「君がたしか立案チームの中心だったよね。こんな事件が起こりうるって予測できたでしょう。なぜ事前に対策を講じなかったんだ」
川合は麻衣香に責任を押し付ける。
「お言葉ですが大臣、すべての法律が完璧というわけではありません。だから法改正が行われるんです」
麻衣香は一歩も引かない。
「そんなら君が責任を取って事件をもみ消しなさいよ」
川合も声を張り上げる。
「そのつもりです。すでに根津が入院している病院には、知事を通して
麻衣香はよどみなく答え、額に青筋を立てながらも、口角を上げてほほ笑んだ。
「そりゃあなんとも頼もしいねえ。ところで、地獄を見せるなんて、君ってドSの人?」
川合が冗談めかして訊く。
「ちっ、またかよ」
相手に聞こえぬよう小声で言う。
「私の使命は犯罪を減らすことです。そのためにはどんどん罰則を厳しくするよう法を変えていくつもりです。大臣もこの程度のことでびびってるようじゃ、先が知れてますよ。清濁併せ呑む、それが政治家ってもんでしょう。公費で飲み食いし、有権者に心づけを渡すくらい、あなただってやってるんでしょう。それを内密にしておくのと今回の事件をもみ消すことなんて大差はないと思いますけど」
いやしくも相手は大臣だ。それを相手に一官僚の若い女が舌鋒鋭く弁を振るう姿を、
一同あんぐり口を開けて見守ってている。
「強気の一点張りか。まさに鉄の女だな、黒川麻衣香」
川合が小声でつぶやいた。
「よかろう。そこまで言うなら、もみ消す方向で最善を尽くしてくれ。ただし、失敗したときは責任を取って職を退いてもらうよ、黒川君」
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