第8話 襲撃

 銀さんがリクエストカードに書いた、家族からの手紙が届いた。鉄心は銀さんの横であぐらをかき、膝にキャベツまるまる一玉をのせて、一枚一枚ちぎりながら口に運んでは、渋い顔でむしゃむしゃ食べている。

「よかったな、銀さん」

「ああ、何が書いてあるか楽しみだ」

顔をくしゃくしゃにして銀さんが笑顔を作り、興奮で指先を震わせながら封を開く。

しかし、読み進めるうちに徐々に笑顔は曇り、読み終えたときには両の目に涙が浮かんだ。やがてそれは、頬を伝って手紙の上に落ちた。

「どうした、銀さん」

「いや、なんでもねえ」

そういって、右手の袖で涙をぬぐう。しばし二人の間に沈黙が降りた。

「娘が結婚したってさ」

銀さんのほうから口を開いた。

「なんだ、めでてえ話じゃねえか」

「それがさ、もう関わらないでくれって」

「なんでよ」

「あれが34のとき見合いした相手と婚約してな。ちょうどそのころ例の事件を起こしちまった。ムショに入って最初のころは何度か面会に来てくれたんだが、三か月もするとぱったりと来なっくなった。以来ずっと会えないまま2年ほどたって島送りになってよ、この手紙で初めて事情がわかったところだ」

「事情って?」

「おれのせいで縁談がつぶれたらしい。相手に親のことを聞かれて正直に話しちまったんだと。昔から嘘のつけない子でな」

「結婚したんじゃなかったのかよ」

「ああ、破談の3年後にな。別の相手と。さすがに今度は俺とは他界したとだけ言ってあるそうだ。今は幸せに暮らしてるから、出所しても会いに来てくれるなとさ」

 銀さんは上着のポケットから一枚の写真を取り出した。写っている女の目元は銀さんそっくりだが、お世辞にも美人とは言いがたい。普通に結婚するにも苦労しそうなのに、親が罪人とあってはなおさらのことだろう。父親と縁を切りたいという彼女を誰が責められようか。

 銀さんはしばらく写真を凝視していたが、その目を閉じたかと思うと、写真を二つに破ってしまった。そして、マッチを一本擦ると、破れた写真と手紙に火をつけ、空になった弁当の容器とともに灰にした。

 

 鉄心と銀五郎は、しばらく無言で燃えカスを眺めていた。

「釣りでもすっか?しなびた野菜ばかりでもううんざりだ。高級魚でも釣り上げて刺身食わせてくんねえか。」

銀五郎の様子を見かねた鉄心が誘った。

「包丁もねえでどうやって捌くんだよ」

「あっ、そうか」

「まあいいや。とりあえず何か釣ってみっか」

 鉄心は食い残したキャベツをほうり投げ、あぐらをといた。銀さんも少し気をとり直したように立ち上がる。すると、二人の背後で人の気配がした。

「根津銀五郎だな」

銀さんが名前を呼ばれて振り返ると、相手は両手で包丁を握り腰だめに構えた。

「おめえは・・・」

言い終わる前に銀さんの左わき腹に包丁が刺さっていた。銀さんは膝をつき、そのまま横向きに倒れ込んだ。刺した男は右足を引きずるようにして走って逃げ、島の北端にかかっている梯子を伝って降り姿を消した。

 鉄心は何が起きたか理解できず、数秒呆然としていた。ようやく思考回路が回りだすと、まずはわき腹に深く刺さった包丁を引き抜き、ついている血もぬぐわずに懐に入れた。そして、誰か助けてくれーと叫ぶと、例のドクターヘリ要請装置のところへ走り、赤いボタンを押した。銀さんのところへ急いで戻る。周りにはすでに人だかりができ、二人の囚人がタオルや古着を銀さんの傷口に押し当て止血するのを見守っていた。

「何があったんだ」

ケンジと呼ばれている囚人が訊く。鉄心にもわからない。苦痛に顔をゆがませている銀さんに話しかけてみた。

「銀さん、どうゆうことだ、何が起こったんだ」

「俺がやった三人のうちの生き残りだ。たしか岸部とかいうやつだ」

絞り出すように答えると、そのまま意識を失った。

北の方角に目をやるとモーターボートが走り去ってゆく。

「わざわざこんな所まで復讐に来たってことか」

ケンジが尋ねる。

「だろうな。しかし何でここに銀さんがいることがわかったんだろう」

「最近は来なくなったが、以前よくヘリやドローンから撮影してたろ。そこから割り出したんじゃねえか。見慣れねえ顔が歩き回ってると思ったら、とんでもねえ野郎だぜ」

刑務所内ではみな囚人服を着ていて、私服姿の人間が混じればすぐに疑われるだろうが、この島ではいろんな種類の古着を着た囚人ばかりだから、違和感はない。包丁は服の下にでも隠していたのだろう。

 

 待ち焦がれたドクターヘリがようやく到着した。マシンガンを持った警官が最初に降りてきて、銀さん以外遠くへ離れるよう指示する。あとに続く医療チームが応急処置を施し、酸素マスクをつけて担架で銀さんをヘリに運んだ。ヘリはそのまま西の空へ飛び去った。

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