第6話 健康管理

 鉄心は体組成計とやらに乗って、そこに表示された数値がかんばしくなかったので、適当な数値を所定の用紙に書き込んだ。体組成計とは、体脂肪率、内臓脂肪レベル、皮下脂肪率、基礎代謝、肥満率などが測定できる医療機器だ。島内に5つあり、全員が毎日測定して3日に一度の食糧配送日に記録書類を提出しなければならない。上記の数値のうち2つ以上基準値を上回った者は、数値が基準値以下に戻るまでサラダや野菜類しか食わせてもらえない。

 受刑者たちはいちいち測って記録するのが面倒だし、食事制限されるのも嫌なので、基準値以下の数字を適当に書いて提出していた。ところが島に来て2週間ほどたったある日、抜き打ち検査が行われた。食うだけ食って、あとはだらだらと過ごしていた囚人たちは、ことごとく基準値を上回っていたため、抜き打ち検査を受けた数名はしばらくの間、野菜生活を余儀なくされた。そのことがあって以来、囚人たちはいやいやながら体を動かすようになった。島の周りを走ったり、筋トレで汗を流したり、または、暑い日には海で泳ぐ者もいた。


 抜き打ち検査で最初に指名されたのは鉄心だった。ヘリのすぐ横から女の声が拡声器をとおして鉄心の囚人番号と本名を告げ、両手を上げてヘリまで来るよう指示した。

 ヘリから降りていた三人のうち、一人が女で二人が制服を着た男性警官。女は黒縁めがねをかけ、髪をひっつめにして後ろで小さく束ねている。上から下までねずみ色の地味な服を着て、化粧は一切していない。遠目に見た時はきゃしゃな男かと見間違えたほどだった。近づいてみて初めて女だとわかった。しかも、意外と整った顔立ちをしている。

両脇の警官は、万一に備えマシンガンを携えるという物々しさだった。

 女が鉄心に体組成計に乗るよう指示する。ここ最近、一日三食が続いたうえ、食べ盛りの鉄心は、銀さんが残したものまで平らげていたため、腰回りや下っ腹に幾分か贅肉がついているのを自覚していた。計器に乗るのをためらっていると、早くしなさい、と冷徹な口調で命令される。やむなく計器に足をのせた。

「内臓脂肪レベルと皮下脂肪率がちょっとづつ基準値を超えてるわね。ギリギリだけとアウトよ。次また嘘の報告をしたら、野菜もくれてやらないから、そのつもりでいなさい」

メモ書きしながら女が言う。頬のあたりをひくひくさせて笑いをこらえているように見えた。最後に、警官の一人に写真を撮られてその場から解放された。


 「どうだった」

銀さんに訊かれる。

「しばらく野菜生活だよ。チクショー、ついてねえな、抜き打ちに当たるなんてさ。しかも一番最初だぜ。まるで狙いうちされたみてえだ」

「なあに、若いんだからすぐ元に戻るさ」

「ああ、野菜ばかりじゃヤギになっちまうからな。ところで、写真撮られたんだけど、なんでだと思う」

「人権団体向けのアピールかな。新聞に書いてあった。受刑者の健康管理はちゃんとやってるのかとか、急病人が出た時はどうするんだって、うるさいらしい。健康チェックしている現場の写真を見せれば少しは納得させられるってことだろう。」

「そういうことか」

鉄心は憂鬱なため息をもらした。

「ところで、あのめがねの人、誰なんだい」

「さあね、女だったけど。上着の胸のところに法務省って書いてあった。美人だけどやたら偉そうなやつでさ、おれの数値が基準値超えたの見てなんとなくうれしそうにしてたような気がするんだ。気のせいかな」

 

 70歳以上の受刑者と持病を持っている者は流刑を免れたため、島には健康な囚人しかいない。それでも、急病人が出た時のため、ドクターヘリを呼べる装置が設置されていた。どんな仕組みなのかはわからないが、黒い箱の上におよそ30センチ四方のソーラーパネルと赤いボタンがついており、ボタンを押すとドクターヘリが飛んでくるというものだ。これを押していいのは、もちろん重篤な症状が出た者のみで、

全く症状のない者や、島内に置かれた救急箱で対処できる者が押せば、罰則として1年間の刑期延長という厳しい措置が待っていた。

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