第4話 続・島の生活

 リクエストカードに書かれた物品のうち、新聞と雑誌が食料を載せたヘリで届けられた。生活に最低限必要なものだけ前もって支給され、他の物資はリクエスト制になっている。皆、数打ちゃ当たるとばかりに、リクエストカードの隅から隅まで欲しいものを書き連ねた。電気もないのにスマートフォンやパソコンを要求したり、ふざけ半分にエロ雑誌やダッチワイフをねだる馬鹿もいた。そうしてリクエストされたものの中から、当局担当者が不可欠または妥当と判断したもののみ送ってくる。

 新聞は新しいもので3、4日前のもの、古いのは1週間以上前の日付が記されている。雑誌には都内の図書館名が印字されており、手垢で黒く汚れていた。要するに、食品同様、本来なら捨ててしまうものばかりを読んでろ、ということだ。

 それでも、情報に飢えていた囚人たちは、むさぼるように読みあさった。まれに雑誌の中にグラビアアイドルの水着写真などを見つける者があると、その周囲に人だかりができ、歓声が上がって大いに盛り上がる。なかには股間に手をやってもぞもぞとやりだす若い囚人もいて、何とも見苦しい。コンビニ弁当を食べながら遠巻きに眺めていた鉄心は、思わず噴飯ふんぱんした。

 

 少し離れた場所で銀さんが弁当片手に一人で新聞を読んでいた。食べ終えた鉄心が近づいて話しかける。

「なんか面白い記事あんのかい」

「俺たちのおかげで内閣支持率が上がったとよ」

「どういうこと」

「刑法を改正して東京の刑務所から囚人どもを掃き出したんで、脱獄騒ぎが収まって治安が良くなったんだとさ。おまけに食いもんの無駄や不法投棄とやらも減ったんで、不景気で低迷してた支持率が上がったって書いてある」

「俺らはゴミ扱いかよ」

「そう、ゴミ扱いだから人権団体や一部の批評家たちは政府のやり方がひどすぎるって抗議してるらしい。そんでもおかみは聞く耳持たずで、この『東京モデル』とやらをほかの道府県にも適用できないか検討中だってよ」

銀さんは上着のポケットから自作のカレンダーを取り出した。

「今日は4月12日だから、7日付けのこの新聞は5日前のもんだな」

「ところで、銀さんはリクエストカードに何書いたんだい」

「俺か、おれは家族の手紙」

「そっか、銀さんらしいな」

「おまえさんは?」

「おれはハンマー」

「ハンマー?なんで?」

「この島には刃物が一切ねえ。囚人に刃物なんか持たせねえのは当然だけどな。刃物がなきゃ、ここに埋まってる発信機を取り出せねえから、自前で作るのさ」

鉄心は右足の足裏を指さして言った。

「できるんか?」

「きのう、建築廃材の中から10センチくらいの大きな鉄のネジを3本見つけた。

鉄と火と水、それにハンマーがあればなんとか刃物が作れる。自慢じゃないが、おれの親父おやじは刀鍛冶でね、ガキの頃から仕事を見てっから、皮膚を切るくらいの刃物ならたぶん作れると思う」

「ほかの囚人どもの目をどうやってごまかす?」

「夜、海岸に降りてやれば大丈夫だろ。ハンマーの音も波の音に紛れるだろうし」

「おめえ、逃げる気か」

「もちのろんさ。前にも言ったけど、おれは冤罪なんだ。信じてもらえねえかもしれないが、サツの野郎にハメられたんだよ」

「泳げるんか?」

「小1から小6まで水泳教室に行ってた。平泳ぎで水流に身を任せるように力を抜いて泳げば、50キロでも100キロでも行けると思う。見事逃げおおせてサツの鼻をあかしてやらなきゃ、死んでも死にきれねえよ」

「食料配送のへりに見つかる心配は?」

「眼下の海なんか見てたら危ねえだろ。前しか見てねえよ」

「本土のある方角はわかるのか」

「ああ、太陽の動きと北極星の位置でな。日の出が東、日の入りが西、北極星があるのは北。そのくらい小学生でも知ってるぜ。それと、この時期そんなに寒くないことも考えると、ここは太平洋側のどこかだろう。ヘリの燃料や移動時間を一つの島にあんまりかけたくないだろうから、東京からそれほど遠くはないと踏んでる。お日様の沈む方角に向かって泳げば本土にたどり着けるに違いないさ」

「しかし、ハンマーなんて送ってくんねえだろう。いざというときは凶器になるからな」

「リクエストカードに備考欄あんだろ。そこに理由を書いといた。寝袋の下の岩がでこぼこでみんな眠れないから、ハンマーでたたいて平らにしたいってな。ま、それで運よく手に入れば、初夏の波が穏やかな頃実行するし、入らなければ別の方法を考えるさ」





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