第3話 法務省秘書課
「黒川君、ちょっと話があるんだが時間いいかな」
法務省秘書課・政策立案室の小山田課長に呼ばれた。
「はい、15分ほどなら」
部下の黒川麻衣香が応じる。都内の名門大学を卒業し、国家試験I種を一発通過して入省したキャリア官僚だ。弱冠27の若さで重要な仕事を任される立案室のエースで、今回の囚人移送計画も彼女が中心となって練り上げた。
「じゃあ、A会議室で」
「了解です」
黒川は忙しい。今日も食料配送のへりに同乗して島の視察をし、トラブルの有無などを確認して来なければならない。本来ならば立案するのが彼女の役目であって、その後の視察や確認等は他の役人の仕事なのだが、そこまでやらなければならない理由が彼女にはあった。
出かける準備をしておいて足早に会議室へ向かった。男性職員たちの視線がうっとおしい。
「早速だが、島の件でね、人権団体がまた都庁に押しかけてるって。何とかしろって、今度は都知事殿がじきじきに電話をよこしたんだわ」
会議室に呼んだのは自身の無能ぶりを他の職員に聞かれたくないからだろう。黒川は、ちっ、と舌打ちして慌てて口を押さえた。
「繰り返しになりますが、ちゃんと国会で法案も通って合法的にやってるんですから、言いたいヤツ、いえ、すいません、言いたい人たちには言わせておけばいいでしょう。もしあのまま看守が次々と辞めていったら脱獄囚が街にあふれるのは時間の問題でした。人権団体だか何だか知りませんけど、その人たちやその家族が犯罪に巻き込まれる可能性だってあったんです」
この話はこれで三度目だ。才色兼備の黒川だが、口が悪いのが玉にキズで、苛立ちを喉もとで押さえきれなかった。
「そう言ったんだけどねえ。ほかにもっと人道的なやり方があっただろって、引き下がらないみたいなんだよ。どうしたもんかねえ」
(それをどうにかするのがあんたの仕事だろ。なんでもかんでも押し付けるなアホ課長。)
今度は喉もとで言葉を飲み込んだ。小山田はノンキャリアだが、人柄の良さと部下に恵まれたことで課長になり、もうすぐ定年を迎える。円満に退官し、きっちり退職金をもらうだけが目標だから、トラブルはなるべく避けたい。
「こっちは国民の安全を守り、税金の無駄をおさえ、食品ロスを減らし、廃材の不法投棄まで減らして大多数の国民の支持を得ているんです。そもそも、責任の所在は法案を通した国会議員たちにあるんですから、文句があるんならそちらに言うべきでしょう。たかが人権団体ごときにびびっ、いえ、人権団体など適当にあしらっておけばいいんですよ」
黒川は腕時計に目をやり、時間ですので、とだけ言い残して会議室を後にした。
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