1-6 裏切り者
この国は密かに2つの勢力に分かれようとしていた。
一つは我々、中央集権を目指す王国派。
もう一つは既存利権を守りたい領主とその利権に絡む連中が手を組み、国王を引きずり下ろそうとしている一派だ。反国王同盟といったところか。
現在、ほとんど領主は中央集権に賛成しているが、これは表向きの話だ。ジジイの呼びかけやディートリヒの根回しで半分程度は王国派についている。
残りの半分は反応こそ見せないが反国王同盟に入っていると考えてよいだろう。下手をすれば近いうちに国を二分した天下分け目の大戦が始まるかもしれない。
これは魔族の歴史上でも何度も繰り返されている。魔族も人間も変わらない。しかし、今のうちに手を打てば無用な戦をせずに済む。そのためにこれから敵となる者を炙り出す。味方と敵ははっきりしておかなければ。
「皆、集まっておるな」
俺は今後の方針を協議すべく、ディートリヒ、そしてジジイの娘、アベリアを呼んだ。アベリアはジジイが自分の国を離れるわけには行かないと俺に寄越した軍事指南役だ。とても優秀で、日々軍隊の訓練を精力的に行なっている。そのせいで逃げ出す兵も増えたが。
「中央集権に先立って、反国王同盟の首謀者を炙り出す。どの領主が怪しいか、意見が聞きたい」
こういう時は情報が命だ。するとディートリヒが口火を切った。
「陛下、アベリア殿に聞きたいことが。アベリア殿、お父上が出兵する時、接触をしてきた領主はいませんでしたか」
「そういえば、東の国の領主様が兵隊を1万程連れて参戦したいと依頼を受けました。父上は馬鹿にするなと却下されていましたが……」
東の領主怪しいな! 1万の兵に攻められたら危うかった。しかし東の領主、アウグストだったか、こいつは反国王同盟の中枢と見ていいだろう。
「そのあとすぐ、また東の国の領主が国王の暗殺をほのめかしてきました。お父上は今回、国王を殺すつもりはないと返事をしましたところ、返答もなく、それっきりです。」
東の国の領主、ますます怪しい! というかもう決定だろう。暗殺って……。
分かってきたぞ、我も国盗りに参加させろと東の国からジジイに助勢を申し出たわけだ。城を占領したときに自軍がいるといないとでは、戦後処理の扱いがだいぶ違うからな。
予想に反し、ジジイは反乱を起こさなかった。まあ、王国派に組するとまでは予想できなかったようだが。ではその東の国から揺さぶりをかけてみよう。
「ならば東の国に至急徴税官配置の日取りを打診せよ。言い逃れできないようにな」
反乱の準備の間を与えてやるわけにはいかない。するとディートリヒが珍しく慌てて言う。
「お待ちください、陛下。いきなり是か非を迫っては戦に直結いたします。ここは一度東の国の領主と直接話をするというのはいかがでしょうか」
ディートリヒにしては珍しい進言だな。大胆が過ぎる策だ。
「わざわざ敵地に行くのか、暗殺されに行くようなものだ」
「もうすぐ勇者祭の時期です。公式の訪問ですので東の国は下手なことはできないでしょう」
勇者祭? なんだ、勇者祭って。
「聞きたいのだが……」
(魔王様! いけません! 勇者祭はこの国の最重要行事! 知らないといえば怪しまれます! )
黒! そうなのか。ではここは提案に乗っておこう。
「そ、そうだな、勇者祭だもんな! それなら大丈夫か! よし! そうしよう! 」
「はあ、では手配いたします。」
なんか変な空気になってしまった。勢いで返事してしまったが、敵地に赴いて大丈夫なものなのか。
——東の国は文字通り首都の東側の国だ。港町から他国のものが入ってくるため、商売が盛んな商業都市として有名だ。
この都市は勇者生誕の地で、ところどころに勇者の像や記念碑が建っている。
あとひと月もすれば勇者祭が始まり、この都市を挙げての大きな祭りが行われる。出店や勇者の冒険譚の演劇などの出し物が軒を連ね、それは盛大な祭りということだ。
しかしいったいなぜ東の国行われているのか。普通ならば王が住まう首都で行うのが道理ではないか。
勇者生誕の地としているが、調べると、生家はほとんど首都と東の国の境の場所だ。かろうじて東の国側ではあるが……。
そして馬車は整備された道路を通り、滞りなく東の国に着いた。
しかし、この国の主要な道路はとんでもなく整備されている。この国の規模では珍しいといえるほどに。土木の大臣がよほど有能だったのか。いや、確か”道路管理・整備大臣”だったか。
先日の戦の時も、おそらくジジイは整備された道を通ってきたおかげであんなに早く着いたのだろう。
ここにきて気になってきた。木偶の坊の行動には何か裏があるような気がしてきたのだ。この道があのボンクラ大臣共の成せる業なのか。
何か意図があって組織体制を複雑にしていた……?
……前言を一言一句撤回する。
目の前に現れた代物を見てしまったからだ。大きな、とても大きな像だ。初代勇者の。
勇ましく剣を天高く上げている、大理石の像。しかし不必要に大きい。
辞書があったら、“不必要に大きい”の欄にこの像の挿絵を入れてほしい程だ。
こんなところにこんな大きな像を置いても維持費がかかるだけだ。何か目的があるのだろうか。
考えるだけ無駄だ。毎日やっていたあの宴会も、無意味に多い大臣の数も意味があるとは思えない。このバカでかい大理石の像を見ながら、この量の大理石だったら何に使えるか計算をしていたほうが幾分かましだ。
そんなことを考えていると、どうやら都市に着いたようだ。立派な門構えと大きな壁、まるで要塞だ。東の国の都市、ここではどんなことが起こるだろうか。
都市の中は、さすが商業都市というだけあって盛況だ。馬車の窓から覗くだけでも盛況さがわかる。しかし特産品すべてに勇者の名前が入っているな。勇者せんべい、勇者丼、勇者地鶏串焼き、勇者まんじゅう。……勇者まんじゅう⁉︎
本当に勇者ゆかりのものなのだろうな?
おそらくどれも普通の味なのだろう。それに名前をつけることで、いかにも付加価値があるかの様に見せかける。いかにも人間らしい考えだ。本質を見ず、判断基準を感覚に任せる。人間とはそういうものだ。
それにしても町の中にも多くの大理石の像が建っている。どれも大きいので交通の邪魔だ。これも木偶の坊が命じて建てさせたのだろうか。……首都には一つか二つしかないぞ。
程なく城下を抜けて、城への大通りに来るや、大きな歓声が出迎えた。民衆は国王を待っていたようだ。これだけ注目されていれば刺客は送れまい。
しかも今回は護衛にアベリアも同行している。安心だ。そんな俺の心中を知ってか知らずか、アベリアが釘を刺す。
「陛下、自国とはいえもはやここは敵地です。お気をつけください」
そのとおりだ。俺はアベリアに返事をして、気を引き締めた。
謁見の間の玉座に座ると、控えていた東の国の領主が挨拶をはじめた。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。この度は例年より長く滞在されるとのことで、領民も喜んでおります。」
なんだか焦っているな。まさか暗殺しようとしていた相手が乗り込んでくるとは思わなかったのだろう。ジジイが寝返ることも想定外だったろうに。
反逆を企てるのは長たる者の宿命だ。理解はできる。しかし、許しはしない。俺は容赦なく言い放った。
「ところで、アウグストよ、徴税官を設置するに当たって何か不都合があるか、大きな都市だ、何かと大変だろうがいつ徴税体制を移行できるか教えてくれ。」
早速だが、本題に入らしてもらおう。我ながら直球すぎだか。
「恐れながら陛下、実はそのことでご相談したいことが……。」
おずおずと申し出たが、反乱までの時間稼ぎのつもりか、徴税権を渡せない理由があるらしい。まあ、一応聞いてやろう。
「我が国に今、困ったことが起きておりまして……。」
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