1-5 森のウェアウルフ

 後日、北の国からの軍団発見の知らせがあった。快晴の平原、戦の模擬戦を行うような場所だ。


 物見から敵の数は500程と聞いた。この数を見るとジジイも国を落とすつもりはないようだ。お灸を据えてやると言ったところか。舐められたものだ。


 ここの王は色々なところから舐められ過ぎている。俺の体が飴だったら、もう上半身くらいは無くなってしまっているな。


 しかし到着が速すぎる。あの日から4日と経っていない。地図上の距離よりも近くにあるのか、はたまた足の速い兵隊だらけなのか。だとしたら苦戦を強いられるやもしれん。


 ずらっと横に並んだ兵を見ると、赤い鎧に身を包み、いかにも精鋭といった風貌だ。が、ほとんど騎兵で揃えてくるとは、速さの為か? あのジジイはなにを考えているのかよくわからん。


 と、考えていると、一騎前に躍り出た。あのジジイか。


「やあ! やあ! 我こそは! 初代勇者の腹心にして北の国の領主! 祖は東の……」


 なんだろう。急に自己紹介か? ……自己紹介? なんで? 戦場だぞ。


「……やって参った! 正々堂々一騎討ちにて、誰ぞ勝負いたせ! 」


 戦で一騎打ちとは……やはりよくわからん奴だな。


「……我こそは! 初代勇者の! 腹心にして! 」


 二週目に入った。何がしたいのだ。まさか罠か? とりあえず弓で威嚇してみよう。


「弓兵前へ、当てなく良い、なるべく近くに撃て」


 勢い良く飛んでいく矢がジジイの手前に刺さる。


「どうした! 聞いているのか! 我こそ……うわっ! ……えー……」


 ……ジジイは落胆しているのだろうかすごすごと戻っていった。


 今のはなんだったのだ。考えている暇はない。俺は馬に乗った。


「騎兵前へ! 余について参れ! 」


 俺は自ら騎兵を率いて進んでいく。また勝手に逃げられては堪らないからな。拍車をかけて、馬を進ませる。馬が跳ねるたびに速さが体にのしかかるような感覚が妙に心地良い。


 本来の姿で飛んだほうが幾分速いが、この馬という動物、悪くない、突撃をさせれば大軍を裂ける力を秘めている。


 まずはは真ん中から軍を分断して、少しびびらしてやろう。その後、伏兵を張ってある森に誘い込み、じっくり料理してやる。木偶の坊は愚王で通っているからな。なんの策もなく突っ込んできたと見せかけて、追いかけさせるのだ。


「隊長! 待ってくださいいい! 」


 後ろを振り返ると、騎兵の半分位が付いてきていない。何をやっているのだ! やはり練度不足か。もう敵の目の前だ、ここは引き返そう。俺は手綱を返して急旋回した。


 少し格好悪いがこのまま自陣まで戻って態勢を立て直そう、今なら敵も追ってはこない距離だ……って追ってきている! 


「まてい! 卑怯者! 一騎討ちせい! 」


 追ってきた⁉︎ なんてめちゃくちゃなジジイだ! 




 ——とまあ、こんな具合に今は大勢に追われている。自陣からはだいぶ離れてしまっているし、後ろから大軍が追ってきている。これは絶体絶命というやつだ。


 仕方ない、予定外だがこのまま誘い込む。伏兵が張ってある森ならこのまま真っすぐだ。もっと順序良く誘い込むつもりだったが、追ってくるなら好都合! と考えていた直後に後ろから兵士の叫び声が


「ひぃぃぃぃぃ! あの女、バケモンだ! 」


 兵士の後ろには大薙刀をふりまわし、我が軍の只中を引き裂きながら近づいてきている武将が1人。あいつはジジイの娘のアベリア! あんなに強いのか。このまま兵を削られてはジリ貧だ! こうなれば! 


「召喚! 」


 はぐれた分団の近くに化け物を召喚した。これで操りながら後ろの兵にぶつける! 


「うわあ! 訓練の時の化け物だ! たすけてくれぇえええ! 」


 すごい形相で一団が突っ込んでくる。誘導は成功したようだ。雪崩れ込んできた騎馬に動揺したのかアベリアは勢いを完全に無くして下がった。我々を追って伸びきった軍の横腹に突撃だ。


 アベリアめ、驚いたか! まあ、助けを求められながら突撃されたのも初めてだろうな、そりゃ驚くか。



 さて、偶然だが大将を孤立させることができた。


「このまま大将のところへ行くぞ! ついて……」


 ドシャアン‼︎


 遠くで甲冑が弾けたような音がした、どうやら前の方に何かが落ちてきたようだ。これは我が軍の兵士? なんでここに? ……まさか吹っ飛ばされてきた⁉︎


「どりゃあああああ! なんぼのもんじゃーい! 」


 ジジイ! 孤立していても関係なく突撃してきている! 向かってきた兵を全て槍一本で吹き飛ばしながらだと⁉︎


 あの時と変わらない、なんというデタラメな強さだ! この親にしてあの娘ありか、……なんて考えている場合ではない! これでは森に着く前に我が軍は全滅だ! 俺は兵たちに指示を飛ばす。


「こっちだ! 逃げろ! 」


 仕方ない、反対側の森に誘導だ! こちらにも罠はある。あまり使いたくない手だが、このまま森に入る! 馬で入るには少々厳しい場所だが、兵達は森の中を逃げる訓練もしている。薄暗い森の中なら多少速度を落としても逃げ切れる。


「このまま進め! 決して止まるな! 森の先で集合だ! 」


 俺は兵士を先に送り、馬の立髪になりすましていた黒に合図を送る。


(黒っ! )


(承知しました。……ウェアウルフ! 出番です! )


 ワオーーーーーーン


 どこからともなく狼の鳴き声がした。これは作戦開始の合図だ。俺は森の奥に向かって叫ぶ。


「赤い鎧の人間だけ襲え! 殺さずとも良い! 撹乱を繰り返せ! 」


 全滅させる必要はない。ジジイの兵が死なれては北の守りが薄くなる。そこから他国の軍が入ったら元も子もない。ジジイが負けたという事実のみで他の領主を屈服させることができる。


「赤槍のジジイは強いぞ! 侮るな! 」


 すぐに遠くから兵士の断末魔が聞こえる。暗く、動きにくい森の中に馬で入ったのが運の尽き。

 それに加えて四方八方から魔獣が襲って来ては森に消えていく、普通の人間であれば正気ではいられないだろう。


「なんぼの! もんじゃい! 」


 普通の人間、であればな。


 向こうから物凄い轟音がする。老体といえどさすが歴戦の戦士、ウェアウルフでは相手にならぬか。ならば


「ウェアウルフよ! 集まれ! 」


 ここは作戦を伝え、効率よくあのジジイの体力を消耗させる、そして俺が自ら捕縛するという算段だ。弱っている所を助けて、懐柔するのも良いな。と考えていると一際大きい狼が現れた。


「お呼びでしょうか、私はウェアウルフを束ねるもの、狼の長にございます。」


「うむ、苦しゅうない、これからさくせ…… 」



 俺は作戦を伝えようとした。しかし固まってしまった。


 目線の先にジジイがいたからだ。目があってしまっている。


 ……あ、やばいな、こんなウェアウルフが何匹も平伏する姿を見られてしまっては、怪しいどころの話ではない。そんなこと考えていたらジジイはゆっくりこっち来ていた。


「あ……あ……」


 ジジイが何かを言おうとしている。しかし驚いて言葉が出ないと言った所だ。当たり前か。


「あの時……あの時と一緒じゃ! 」


 ……え? 


「お館様と一緒じゃ! マモノが平伏しておる。お館様! やはり殿はお館様の生まれ変わりか! 」


 なんか知らんが良い方に解釈しているらしい。俺はアイコンタクトですぐ狼に去るように促した。ジジイの方をなんとかせねば……


「アレスよ、あの、なにか見た? あの、これには理由があるんだけど」


「わかっております! 昔、わしが森の小屋の死守を命じられた時! 14日も帰ってこなかったお館様を心配し、探しにいった所、お館様も同じように森のウェアウルフに平伏をされておった! お館様はウェアウルフをその威圧で圧倒し、配下に加えていたのです」


 14日も帰ってこないって、もう置いてかれているだろ、それは! 


「そしてお館様は、ワシに言った。このことは皆には内緒だ、この狼から魔王の弱点を聞いた。このまま魔王城に向かうが、お前もついてきてくれるか? と」


 それは他の人に言わないように仕方なく連れて行ったのでは……。


 そういえば、魔王国の国境に近い森のウェアウルフが勇者に寝返ったという情報があった。その後すぐ敗走したため、その後どうなったかは知らないが。


「お館様はその後、魔王を倒し、このワシに北の国を賜った。お館様が亡くなる前に仰っていた。もし俺の子どもたちが、だらしない王なら、俺がしたように、お前がこの国を獲れ。でも、もしお前が認める男ならどうか力になってくれ。そういってお館様は息を引き取られた……」


「そ、そうか……」


「殿は夜ごと宴ばかり、武術の稽古もしない、そんな殿を見て、お館様の孫とはいえこの国はこれまでかと思った。しかし、今日槍を交えて心に決めた! このアレス! これより殿の臣下として、全身全霊をかけてお仕え申す! 殿! わが命お好きにお使いください! 」


 まあ、槍は交えてないけど。おいおい、こいつ泣いているぞ。いずれにしても結果としては良いのか? なんか恭順したようだし、目的は果たしたということか。





 この戦いの後すぐに、北の国は徴税権を国王に譲渡する方針を他の領主に伝えた。しかし、後にこの事件が国家を揺るがす大事件に発展することになる。

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