1-4 領主の赤槍

 兵士に馬の訓練をさせておいて良かったと思うことがある。早馬で情報伝達速度が上がった時、兵の進軍速度が上がった時。あと今のように敵軍に追いかけ回されている時だ。


 不思議なくらい落ち着き払っているのは、俺が魔族だからか。こんなことならジジイを挑発するんじゃなかった。考えれば、あの時にもっと話し合うこともできたのか。そう、あの時。


 ——たしか、あれは2週間ほど前の事だった。








 野党を追い払ったあの日から俺はこの体の研究を続けている。この体がどんな魔法を使えるのか。


 結論から言うと攻撃魔法はほとんど使えないが、幻惑魔法と召喚魔法には一定の適性があるようだ。


 魔王の頃の力を使うためにはもっと体をなじませる必要がありそうだ。もう少しこの体のことをよく知らねばならない。



「我が魔王。ご報告がございます」


「どうした黒よ、申せ」


「どうやら首都の軍事物資が横流しされているようです。反乱につながる可能性があります」


「そうか、引き続き見張るように、尻尾を捕まえろ」


 この手の報告は2日に1度はくる。中央集権をするという宣言は各地方領主から反感を買っているようだ。


 まあ、こちらが反感を大安売りしている以上、仕方のないことだ。有事に備えて我が軍の増強を急がなくては。


「陛下、東の国の領主アウグスト様より親書が届いております。」


 扉の向こうからした突然の声にとっさに黒を隠す。


「わ、わかった。内容は? 」


「失礼します。領主会議への出席依頼になります。今回の徴税の件で先手を打つつもりでしょう。領主の取り分が少なくなりますからね。いかがいたしましょう」


「わかった、追って返事をしよう。ディートリヒ、下がって良いぞ」


「失礼いたします」


 ディートリヒ、あいつは本当に頭が切れるな。


(ところで黒、領主会議とは何だ? )


(領主会議はこの国の有力領主5人の会議になります。定期的に行われているようですが、国王が出席することは稀です。先代の王が一度だけ出席をしました。)


(ふむ、まぁこの際、面と向かって交渉をしてやるか。)


 ふと黒が外に目をやる。


(しかし、外が騒がしいですね、兵が騒いでいるようですが。)


(ああ、あれは訓練だ。召喚した魔獣に衛兵を追わせている。騎馬の訓練だ。)


(魔王国では見ない魔獣ですね)


(あれは人間が思う”恐ろしい魔獣”を具現化したものだ。兵士たちから話を聞いて召喚魔法を応用した)


(そんなこともできるのですか。しかし逃げるのばかり上手くなっているような……)


(今はそれで良い、戦は速さだ。熟練の騎馬は戦場を変える力がある。)


 しかし馬に乗らんとあの程度のスピードも出ないとは、人間とはなんともか弱い存在よ。


 ここの兵隊は戦の経験がほとんどない、国家の戦略を練ろうにも局所的な戦術の積み重ねがなくてはならない。優秀な戦術家が必要になりそうだ。


 思えば魔王国は人材に溢れていた。これは国中で大規模な徴兵や官僚試験を行っているためだ。それをしようにも、まずこの国の統一を行わなければならない。


 この国は封建制だ。国王は権威・武力で押さえつけなければ、引き摺り下ろされることもある。なにせこの首都は東西南北、四つの勢力に囲まれているから油断できん。


 初代勇者も元は一領主であったが、時の国王を倒して成り上がったという。


 つまり、今の領主もその気になれば国王を倒せる。ましてやこの木偶の坊、地元のヤクザ者にも舐められる始末。領主にも舐められているに違いない。








 ——後日、領主会議の場についた。首都郊外にある、ちょうどこの国の真ん中のあたりにある大きい館、領主会議を開くために作られたものだ。会議の間の重たい扉が開かれ、その奥に例の5人がいた。


 踏み入ると、いかにも貴族という風体の5人がこちらを見ていた。その中でも一番に目についた奥の爺さんが異様な威圧感を放っている。


 一番奥の男、見た目は年寄りのようだが……、今にも怒鳴りつけてきそうな、いかめしい顔をしている。体つきは年寄りとは思えないほど大きい、城の衛兵なら片手で転がしてしまうだろう。


 この雰囲気、面倒くさいやつに違いない。警戒をしていると近くの男がしゃべりだした。


「陛下、ご機嫌麗しゅう、先日は野党を成敗したとかで、勇者の血が覚醒したのでは、と国中の噂です」


 この優男が代表なのか。黒、こいつは何者だ? 


(東の国領主アウグストという者です。この会の議長のような役割です)


 話が通じそうな男で安心していると奥から怒鳴り声がした。


「ふん! どうだか、野党の100や200、お館様であれば一捻りだったわい! 」


 お館様? なんだか独特なやつだな。


(黒、こいつは? )


(北の領主、アレスとかいう者です。この会議では年長者で、初代国王の時から仕えているようです。奴の言う“お館様”とは初代国王、つまり勇者のことです。)


 ジジイは黒から情報を聞いている間も話を全くやめない。


「ワシがお館様と魔王に立ち向かった時は! 魔王のやつの魔力がすごいのなんの! 」


 またはじまったと言わんばかりに皆呆れている。そうか、魔王の討伐隊の一員だったのか、ほかの国の国王の中にも初代勇者と旅をした者がいるという。

 たしかオレが戦ったのは5人だったような……


 まてよ、初代勇者? ということはこいつ、今何歳なのだ? 当時15だとしても現在80過ぎているということになるぞ! そんな小僧はいなかったような。


「ワシはその時! 勇者様に森の中の小屋の死守を命じられ、この赤槍を賜ったのだ! 」


 なんか気持ちよく語っているな。森の中の小屋の警備って、置いてく気満々じゃないか。こいつはお荷物だったのだな。と考えていると横の女がジジイを諫めた。


「父上、本日の議題は多くございます。武勇伝はまたの機会に」


「お、そうかそうか、ああ、これは娘のアベリアじゃ、お初にお目にかかる、よろしゅうしてくれ! 」


 甲冑を着た長い髪の女。表情は少なく寡黙、貴族の娘というよりは武人という佇まいだ。本当にこのジジイの娘なのかと思うほど、顔が整っている。


 こっちは常識がありそうでよかった。話を進めよう。


「そうか、よろしく頼むアベリア、……ところで皆、聞き及んでいるかと思うが、近いうちに全国の徴税管理を首都で統一して行う予定だ。皆協力してもらえるな」


 全員一様に黙り込んでしまった。互いに何をいうのか牽制をし合っているのだろう。誰がなにを言うか決まっていないところを見ると一枚岩ではないようだ。


「殿! これまでは我々が税を管理していて不都合がありましたかな? 殿の余計な仕事が増えないようにこれからも同じようにしても良いじゃろうて! 」


 声がでかいな! このジジイは! このジジイは談合があっても仲間はずれだろう。今の発言も心のままに話しているといった感じだ。


 しかしほかの領主たちも中央集権には反対のようだ。この場で阻止したいところだろう。ここははっきりと言っておこう。


「これからこの国は変わらねばならん、このままでは近いうちに他国に滅ぼされてしまうだろう。今や脅威はマモノだけではない。」


「ご心配には及ばん! このアレス、北の国をお館様から受け賜って以来、この国にはネズミ一匹侵入させておりませぬ! 」


 予想どおり馬鹿だな、良いだろう、ここは挑発をして戦場に引き摺り出す。


「確かに北の国以外にこの国に入る道は無い、この国の国境には大きな山があり、他国の侵入は容易ではないだろう。しかしアレス、貴様が倒れたらどうなる? この国にはまとまった戦力はない。この30年、戦らしい戦はなかったからな、それに」


 理詰めでかわそうとする俺の言葉を、ジジイが遮る。


「ワシの軍が弱いと申すか! いかにお館様の孫といえど、許さぬぞ! 」


 よし、乗ってきたな、もう一押してうまく……と考えていたのも束の間、ジジイが言葉を続ける。


「そこまで言うのならばこのアレスと勝負致すか? 戦で力を証明してくだされば、徴税権はお渡し申す! 」


 馬鹿でよかった。こちらが言い出す前に自ら戦場へ躍り出るとは好都合。こちらの軍隊の強さを見せつける機会にもなる。この戦に勝って、ほかの領主にわからせてやろう。


「よかろう、戦で決めよう。では後日、戦場で」


 引き止める領主ども背中に、オレはその場をあとにした。






 部屋を出る時、妙な感覚がした。ほくそ笑んでいる気配というのか、空気というのか。長く魔王をしていると時折感じる野望の匂い。俺もまた乗せられたということか。あの領主の中にも野心家がいるようだ。


 廊下を歩いていると黒が嗜めてきた。

(いいのですか魔王様、あのような)


(領主と戦うのは予定どおりだ、過去の栄光に縋り付く老人に現実を教えてやる)


(しかし魔王様、奴はこの国一番の強者で、軍隊も百戦錬磨の精鋭という話です)


(え? あのジジイ、そんなに強いのか? )


(はい、魔王様も会ったことあると思いますよ)


 ……思い出した。


 勇者がオレのところに来た時、魔王城の兵士が皆、女のような顔をした赤槍の小僧にことごとくなぎ倒されていた。


 魔族が引くぐらい乱暴な戦い方で、俺の部下は泣いて帰ってきて、俺に報告をした。


 悪魔が来ていると……。


 あの小僧がジジイなのだとしたら、これは苦戦するかもしれないな。しかし、今の年齢になれば衰えもあるだろう。


 と、その時の俺はそう考えていた。

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