第137話 生徒ともどきと精霊と 2

 サモンはピンッ! と杖先を弾く。

 すると床を覆っていた氷に亀裂が入り、鋭い槍となって辺りに飛び散った。


 相手は未熟な魔法使いではない。氷の精霊だ。

 子供だましの魔法は簡単に弾かれる。

 杖を置いて、精霊は軽く息をついた。


「加減されているのか、それが全力なのか。どちらにせよ、あまり嬉しくないな」

「どっちだろうねぇ。私はどちらでもいいよ」


 サモンは乾いた笑いをこぼして、次の攻撃を繰り出す。

 ゴブレットの底を叩き、子供のように微笑んだ。


びっくり箱ピック・ア・ブー


 ゴブレットから溢れ出る、幾千ものアゲハ蝶の群れが、精霊を包み込んで通り過ぎる。

 まさしく子供だましの魔法に、精霊は笑った。


 サモンは腕を組んで懐中時計を開く。

 彼の魔法のヘンテコさを知るレーガは、「何をしたの」とサモンに問うが、サモンは唇に手を当てて答えてはくれない。


 すると、精霊の動きがおかしくなっていく。

 指先が震え、足が震え、立てなくなったかと思えば、呼吸音にも異変が出てくる。


「お前、私に何をした……!!」

「おや、ちゃんと効いたようだ。安心したよ。これで毒が効かないなんてことが起きたら、私が不利なままだしねぇ」


 あの短い時間で毒を仕込めるだろうか。

 もちろん、これはサモンお得意のはったりだ。

 相手の余裕が無くなったあたりで、自分に有利なように状況を持っていく。


 精霊は悔しそうに喉を抑えていたが、ふと何かに気がつくと、薄ら笑いをして立ち上がる。


(……ちくしょう)


 サモンは心の中で悔しがった。

 精霊に、魔法のカラクリを解かれてしまったのだ。


 サモンが使った魔法が幻覚魔法だと気づくや否や、精霊は杖を高く掲げる。


「芯まで凍える吹雪 孤独を唄う夜の無慈悲さ

 氷の心は全てを奪う 氷の魂は決して溶けぬ

 永久とこしえに冷たく輝け 訪れぬ春を嘆き喜べ」


 冷たくて、寂しい魔法の詠唱が、サモンに突き刺さる。

 サモンはゴブレットの縁を叩いて水を呼ぶ。

 精霊の魔法が、サモンに襲いかかる。



「『白銀世界 宵闇の現身うつしみ』」



 荒れる風に乗る、氷を帯びた雪が、肌を刺して寒さを植え付ける。

 その魔法は痛いほどに冷たくて、立つのも辛くて、息が出来ない。

 唸る風の音が、悲鳴に聞こえて、より辛かった。


 自分より前にこの魔法を受けた人がいて、この寒さの中で死んだような。その時の悲鳴を取っておいているような音だった。


 周りが見えなくて、足も凍って、指は感覚がない。

 自分がどうなっているかも、レーガの安否も分からなくて、背後から不安と恐怖が忍び寄る。


 サモンに危険が及んだら、仲間の精霊が現れて、サモンを助ける……なんて言ってた。けれど、その仲間が現れたことはない。

 こんな時くらい、助けに来てよ。そう弱音を吐いたって、助かるためには、自分で乗り切るしかないのだから、首元まで忍び寄った孤独感がサモンに巻きついた。


 妖精魔法では対抗できない。

 精霊の魔法は詠唱に時間がかかる。

 サモンの選択肢は一つだけだった。


 杖の先を、自身の胸に押し当てる。

 加減が出来なくても、レーガは安全圏にいるから、危害は及ばない。


 杖の先から、ちりちりと、火の粉が飛び立つ。

 杖をゆっくりと引き抜けば、羽のように軽やかで、吹雪の先を照らす真っ赤な炎が現れる。


「何!?」


 精霊は目を見開いた。

 サモンが使える精霊の力は、ひとつでは無い。

 自分を育ててくれた精霊五人の力を扱える。


 サモンは意地の悪い笑みで杖を掲げた。


「チートでごめんよ」


 そんなことを言うが、チートではない。

 魔力の消費は激しいし、力のコントロールが出来ないから、身体への負担も大きい。

 自分の魔法でケガをするかもしれない。


 強大ゆえの諸刃の剣。


 サモンの杖から吹き出す炎は、体育館全体を覆い尽くす。

 極寒の体育館は一秒も経たないうちに、氷が熔け、水は蒸発し、灼熱の密室に変わる。

 酸素もなくなりそうな勢いで燃える炎を、サモンは力づくで抑えようとした。


「先生! 火事になっちゃうよ!」

「今なってる!」


 抑えられない力を使うのは、本当に危険な事だ。

 サモンは杖の尻を、太ももに叩きつけて止めようとするが、炎が消える様子はない。


「おかしいな。前は止まったのに」

「何を悠長なことを!」


 精霊は杖で床をトンと鳴らす。

 杖のついたところから氷が侵食し、サモンの手ごと、杖を凍らせる。

 灼熱の空間は、再び極寒へと変わる。

 サモンは安堵のため息をついた。


「はぁ、良かった。どうしようか悩んでいたよ」


 サモンがあっけらかんとすると、精霊は歯を食いしばり、飄々としていた態度を崩した。

 杖を一振りすると、サモンの足を凍らせて、床と一体化させた。


「力というものを、理解していないらしい。力とは持てば持つだけ、自分が強くなることじゃない。その力の強さの分だけ、使うことに責任が出るんだ!」


 精霊は体を震わせて、サモンに怒鳴った。それは精霊としてのプライドで、義務感でもあった。

 彼は、サモンに強い言葉を浴びせた。サモンはそれを甘んじて受け止める。


 ──叱責。

 加減を知らない子供への、持てる大人としての責務。


 それを、精霊が今、果たしている事だった。


「お前は、精霊の力を甘く見ている! 指の一振りで、ほんの少しのことで、山を砕くことも出来る。人の世界を滅ぼすことも出来る。その気になれば、多いなる時の流れに空白を作り出すことも出来るんだぞ!」

「……分かっているさ。もちろん。あぁ、そうだとも。昔から見てきた。昔から教わってきた」

「ならば尚更、その力を扱うな! 下劣な人間ごときが!」


 精霊の杖先が、サモンに向かう。

 サモンは凍った杖を前に出した。が、火花すら出てこず、防衛が出来ない。

 なんなら、魔力の流れがおかしい。腕の中で詰まっているような、いじくらしい感覚だ。


(──……魔力を凍らされた!!)


 サモンが気がついた時には遅かった。


 精霊が放ったのは氷の雨。それも、丸い粒なんかじゃない、針のように尖った粒が、無数にも。


 サモンはゴブレットに手をかけるが、杖が使えないのに、ゴブレットで何が出来るのか。


 無常に降り注ぐ凍える雨に、ギュッと目を閉じた。



あべこべ小道ルック・ザット・ウェイ!」



 レーガの声がした。

 サモンが目を開けると、レーガがサモンの前に立ち、精霊に向けて杖を掲げていた。


 氷の雨は起動を変えて、不規に飛んでいく。

 レーガはその方向をコントロールしようと、唸り声を上げる。


「子供が、出しゃばるな!」


 精霊は眉間にシワを寄せて、雨の威力を強くする。

 サモンは「どうやって」と、後ろを振り向いた。


 サモンのイヤリングが、床に転がっている。

 精霊の魔法を解除する方法なんて、教えただろうか。

秘密は暴かれたりトーカティブ・ツインズ』で解けるような魔法じゃない。それより強い魔法は、授業では教えない。


 …​…​…​…​いや、一度教えたことがある。


『もうお終い』


 とても簡素で単純で、それでいて強力な解除魔法だ。

 ドッペルゲンガー騒ぎの時に教えたやり方だ。


 それを使った──?


 いつの間にやら成長した。

 そのくせ、簡単な妖精魔法のコントロールが出来ないなんて。


「…​…​…​…​…​…​方向をねじ曲げようとするんじゃない。あっちが勝手に曲がるイメージで」


 サモンはレーガに助言する。

 自分が手を出せない以上、レーガに頑張ってもらうしかない。


 レーガは素直に、サモンが言った通りに力を抜いた。

 氷の雨は、さっきよりも起動が安定して、レーガたちを避けていく。

 サモンは「そのまま」とプラスワンの指導をする。


「こっちが道を示してやれば、魔法はそちらに軌道を変える。スライダーでも、ガードレールでもいい。イメージしやすいやり方で、誘導なさい。道標は必ずひとつとは限らないだろう?」


 サモンの助言を元に、レーガは魔力のこめ方を変えた。

 すると氷の雨は、くるりんと宙返りをして、精霊に帰っていく。


 自分が放った魔法に襲われ、精霊は顔に傷を作る。

 レーガは精霊に一撃食らわせたことに体が跳ねた。


「喜ぶのは早いよ。集中なさい」

「分かった。先生、次はどうしたらいい?」

「好きなように魔法をお使いなさい。私はサポートに回ろう」

「分かった! 頑張るよ!」


 サモンは何とか魔法で氷を溶かすと、一歩後ろに下がって、レーガの補助に回る。


 精霊はギリギリと歯を食いしばった。

 サモンは杖を教鞭代わりに叩いた。


「これより、妖精学の魔法実技授業に入る」

「よろしくお願いします!」


 妖精魔法の異端児と、その教え子。

 逆襲の鐘が鳴る。

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