第138話 生徒ともどきと精霊と 3

 

(どうして……!?)


 精霊は困惑していた。

 そうとしか言えないくらい、サモンとレーガは強かった。


 サモンがゴブレットのそこを叩き、蝶を呼び出して精霊の視界を遮る。

 精霊がそれを避けようとすると、レーガがすかさず魔法を叩き込む。


「通りゃんせ!」


 人型の鎖が精霊の進行方向を狭めて、行動させない。そこに、サモンが火の精霊魔法を打ち込んで、精霊を追い詰めていく。


 これがまた、憎たらしいほどに連携が上手いのだ。


 どちらかが攻めに入ると、どちらかがサポートに入る。

 事前の打ち合わせもなく、会話もなく、合図もなく。

 動いた瞬間に決まる配役が、予測できない。


 精霊は氷の槍をレーガに飛ばす。

 レーガが防壁を貼る前に、サモンが仕掛ける。


「そぅら、あべこべ小径ルック・ザット・ウェイ


 サモンが跳ね返した魔法は、全て精霊に向かっていく。

 精霊が氷の壁で弾くと、レーガは感嘆をこぼす。


「はぁ~、すごいなぁ」

「全てはイメージと、信じる力。あとは力の使い方だね」

「僕にも出来る?」

「出来ると信じるなら」


 ──そんなことでできるわけが無い。


 複雑で、不規則で、扱いにくい魔法が、イメージと信じる力?

 おとぎ話もいいところだ。


 でも、実際にそれで可能にしている教師と生徒がいる。今、目の前にいる。


「有り得るはずがない!」


 精霊は杖をレーガに向けた。

 レーガは杖を構えて、攻撃に備える。


氷暗器・五月雨アイスブレイク!」


 尖った氷が怒涛の勢いで降り注ぐ。

 レーガはサモンのように跳ね返そうとするが、精霊の魔法に力負けする。

 サモンは後ろで腕を組んで、さっきと同じアドバイスをする。


「あっちが力を曲げるイメージ。想像力が足りないんだよ」

「ぐにゃっと曲がる、ぐにゃっと曲がる……」

「潮の流れ、川の本流、風を受ける葦、強い力を受け止めない。受け流して、相手に返しておやりなさい」

「今やろうとしてるんだけど、上手くいかない!」

「ほら、あれだ。金魚すくいの時の、腕の動き」

「金魚!?」


 上手くイメージ出来たのか、いきなり魔法が来るんと向きを変えて、精霊に跳ね返る。


 サモンは「ほらね」と、レーガを撫でた。


「とりあえず、あべこべ小道ルック・ザット・ウェイの復習は終了。次のステップに移ろう。まだへばっていないね。妖精魔法はたくさんあるんだから」

「先生って、けっこうスパルタだよね」


 そう言いながら、レーガはちゃんとついてくる。

 サモンはさらに一歩後ろに下がって、レーガを前に押し出す。


「はい、精霊の魔法を妨害なさい」

「無茶ぶり!!」


 サモンはレーガに課題を出し、精霊に攻撃を仕掛けた。

 ゴブレットを出したサモンを警戒し、精霊は杖を横に振るった。

 けれど、サモンはゴブレットを叩くフリをして、足で床を蹴り飛ばした。

 蹴った先から雪を押しのけて隆起する土が、精霊の心臓を狙う。


 氷の障壁が土の一撃を妨げると、お返しと言わんばかりに、雹が降り注ぐ。


「レーガ」

「はい!」


 精霊の一撃を防ぐのは、サモンではない。


春妖精のお仕事ブルーム・フラワー!」


 レーガは花を描くように杖を振る。

 杖の先から多種多様の蕾が飛び出し、ふっくらと花弁を広げた。

 春を告げる花々の芽吹きは、雹を優しく受け止めて、自分たちの養分に変える。


 レーガは、精霊の魔法を打ち消すと、即座に攻撃に転じる。

 自分ら守る花園に杖を突き出した。


散花雨の恵スコール・スプリング!」


 風に散る花びらは、精霊を取り囲み、甘い香りを漂わせて散っていく。

 見た目は派手だが威力はない。けれど、この魔法は、ちったあとが強力だ。


 花弁が散った所から、新たな花が咲き始める。

 短い一年を繰り返しながら、魔法は精霊の体に根を回し、頭へと這い上がっていく。


 精霊は、体に魔力を回して花を凍らせるが、花の増殖に追いつかない。


 苛立った精霊が、杖を突き上げて魔法を唱えようとした。サモンはそれを、杖の一振で止める。



妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク



 正しい使い方なのに、おかしく感じてしまう。

 いいや、本当におかしいのだが。


 自分の魔法を隠された精霊は、レーガの魔法への対抗策が出てこない。

 このままでは花に埋もれて、養分になってしまう。


 精霊は両手を上げた。

 彼なりの、降参の合図だった。


 レーガはその合図を受け取ると、魔法を解除した。

 レーガの甘さは、その優しさにあった。


 降参したからといって、無抵抗とは限らない。それが、不意打ちの可能性だってある。

 もしも自分なら、降参する振りをして、地面に魔法を展開し、死角から襲うだろう。


 サモンはあえて何も言わずに、腕を組んで不意打ちに備える。

 きちんと仕事をこなすために、後でレーガに説教出来るように。


 精霊は、杖を支えに立ち上がる。レーガをじっと見つめると、呆れたため息をこぼした。


「お人好しめ」

「んなっ!」


 精霊は次にサモンの方を見る。

 サモン同様に腕を組んで、文句を言った。


「お前みたいな人間から、どうやってあんなお人好しが育つんだ?」

「知るわけないねぇ。私は子供を育てたことは無いし、あれは勝手についてきただけだし」

「お前はお前で放任主義か」

「主義も何も、無関係だよ」


 頭が痛くなりそうだ。

 好き好んで子供の面倒を見ていると思われるとは。


 そんなこと言っているが、正直否定もできない。

 自分の中の人間像に『特別』がいる。それはどんなに否定しても、否定できない事実だ。


 精霊はサモンの周りをぐるっと回る。

 なにかに気づくと、サモンを鼻で笑った。


「はっ、お前。?」


 意味ありげな言葉に、サモンは思わずレーガの方を見た。

 レーガは精霊の言葉の意味をわかっていない。

 サモンは安心した。


「違うね。


 精霊にだけ伝わるように、意味ありげに返す。

 それを聞いて、精霊はバカバカしくなったようで、「そうか」と言って、杖で床をコンと叩いた。


 雪の結晶が舞い散って、精霊は姿を消した。

 体育館を覆っていた氷は溶け、元の姿に戻る。


 レーガはサモンの元に駆け寄って、犬のようにキラキラした目でサモンを見上げる。


「どうだった!? ねぇ先生!」

「65点」

「えぇ! 低くない!? 僕頑張ったよ!」

「魔法のコントロールがまだまだ。イメージも固い。もっと上手くおなりなさい」

「うぅ~~…​…​はぁい」


 しょぼくれるレーガの頭を撫でて、サモンは学園長を探しに行く。


「でも、精霊を殺さなかったことは高得点だ」


 あの時、サモンが攻撃していたら、きっと情けのなの字もなく殺していただろう。

 でも、レーガは命を奪うことはしなかった。


 それは、彼がまだ子供だからというのもあるが、彼が優しいからに他ならない。


 サモンはレーガに「早く」と体育館の出口を指した。

 レーガはいつもの笑顔に戻っている。

 いつものように、サモンの背中を追いかけた。

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