第49話 教員総会議

 今週の水曜日は珍しく午前授業で終わった。

 生徒たちが寮に帰った後、誰もいなくなった両学科から、教員が続々と中央棟に集まっていく。

 その中にはサモンの姿もあった。


 全員が向かうのは、中央棟にある大講堂。

 それぞれの学科に別れて、マイクのある席に座る教員たちは、皆神妙な面持ちでいる。


 少し離れた席には、エイルの姿もあった。

 サモンも、いつもなら席に座らずドアの傍の壁によりかかり、資料を折って遊んでいるが、今回はきちんと席に座った。


 少し遅れて、エリスと門番の双子が講堂に入ってくる。

 双子は入口の壁によりかかり、エリスは壇上へと向かう。彼女が壇上に立つと、勝手にマイクのスイッチが入った。


『あー、テステス······。音は入ってますね。聞こえない方はいませんか?』


 軽く音響のテストを済ませ、エリスは表情を堅くする。

 それだけで、場の雰囲気が引き締まった。




『それではこれより、全学科教員総会議を始めます』




 授業とテストを繰り返すだけの一学期とは違う。二学期にすることは、一学期の倍あるのだ。

 それを、安全かつ、滞りなく進めるのが、教員の仕事であり、義務である。


 エリスが指を鳴らすと、教員たちの手元に資料が配られる。

 シュリュッセルとクラーウィス、エイルにも資料が配られた。



『今日の会議内容は、来月に行われる【体育祭】です』



 ──体育祭?


 サモンは片眉を上げる。

 いや、例年通りなら、この時期に話し合うのは【文化祭】の方だ。なぜこの暑い時期に体育祭を?


(そういえば、一学期に体育祭やってないな······)


『お手元の資料の四ページ目を見てください』


 資料の四ページ目を開くと、『前年との変更点』が記載されている。

 体育祭は毎年、剣術学科と魔法学科に別れて点を競っていた。けれど、剣術学科と魔法学科での体力基礎の授業内容が違うのと、剣術学科では別途体術や剣術などの、武力育成をしているため、魔法学科と圧倒的な体力差がある。


 最初の頃は、魔法学科に『強化魔法』が許可されていたが、剣術学科から『魔法によるドーピング』と批判されて結局廃止。

 剣術学科の優勝独占を制止する為に、組み分けを変更すると書いてあった。


『今年から、魔法学科と剣術学科双方を混ぜて組み分けをします。組み分け方法としては、赤と白の二組に分けて、くじ引きにしようかと』


 エリスが説明すると、剣術学科から手が挙がった。

 短い髪の小デブだった。魔法学科を毛嫌いしている、武術至高主義のライジェル・ロドストだ。


『ロドスト先生、どうぞ』

「······え〜、そのやり方ですと、占術学を履修している魔法学科が、自分たちの仲のいい友達と同じ組になるために、魔法でくじ引きに細工をするのではないですかな?」


 まぁまぁ、的を得ている。

 だが、大きく外れてもいる。


 ロドストの質問には、クロエが手を挙げて答えた。


「先生の考えてはることは、よぉく分かりまっせ。せやけど、占術学は書いて字のごとく、様々な占いを知る授業や。魔法を使った占いは出来るけど、魔法を使って運を変える事は出来へんわぁ」

『その通りです。魔法であっても、確率の変動や運のねじ曲げは不可能です。もちろん、偏りのないようにくじ引きの箱は、フェリュックツヴェリング双子に作ってもらってます』


 ドアの横で、双子はピースする。

 ロドストは舌打ちをした。


「狐風情が偉そうに」


 小声で呟かれたその言葉にクロエは耳を立てて怒る。


「あぁ? 元気余ってはるようやなぁ。直接言う勇気も持ち合わせとらん奴がほざいてんなや。自分今いくつか言うてみぃや」


 クロエを隣の席のルルシェルクが抑える。

 ロドストはふんと、鼻を鳴らした。


 エリスは咳払いをする。


『ロドスト先生、これは生徒たちの行事の為の会議です。場を乱す行為はおやめ下さい』


 ロドストは生返事をした。

 聞く耳を持っていないのは明白だが、エリスはあえて構わず会議を続けた。


『それで、えぇと······競技の内容は例年通りで、競技参加者も立候補制とします。ただ一部変更がありまして、今まで【三分間学科パフォーマンス応援】をプログラムに入れていましたが、今回から合同になりますので、教員による【パフォーマンス武闘会】に変更になりました』



【三分間パフォーマンス応援】とはその名の通り、両学科の自陣応援パフォーマンスである。


 剣術学科では、迫力のある剣術の披露を。

 魔法学科では、華やかな魔法の披露を。


 人気のあるプログラムだが、腕のいい生徒たちを集めなくてはいけないことと、生徒間でのトラブルや技術量の差が激しく、何かと大変な項目だ。


 それが無くなるのはありがたいが、代わりに教員がパフォーマンスで戦うのか。

 それはそれで面倒だ。


『本プログラムに参加する両学科一名の教員を──』



「失礼ながら、そのプログラムに今立候補してもよろしいでしょうか」



 剣術学科から手が上がる。

 長い赤毛が炎のように揺らめいている。強い意志を宿す瞳は、さながら森を駆ける獣と同じ鋭さがある。男の多い剣術学科の中でも堂々とする背中は、揺らがない信念を掲げていた。


 剣術指導のカメリア・リコレッティだ。彼女は、正しく騎士という言葉が似合う女性だった。


『リコレッティ先生、いいでしょう。剣術科からの立候補、受け付けました。魔法学科は立候補ありますか?』


 エリスが魔法学科教員に顔を向ける。

 誰も手を挙げない中で、アガレットがソワソワと落ち着きがない。

 彼は立候補というより、推薦待ちだろう。だが、誰もアガレットを推薦しない。



「わがままを言って恐縮ですが、もし希望が通るのならば、このカメリア、サモン・ストレンジ先生とお手合わせしたい」



 サモンは思ってもいない言葉にむせた。

 後ろでシュリュッセルとクラーウィスが笑っている。アガレットは眉間にシワを寄せた。

 サモンは胸をトントンと叩いて「お言葉だが」と返事をした。


「私はアンタと戦う気はさらさら無いよ。というか、そもそもこの行事に参加する予定もない」

「そうおっしゃらず。先の魔法学科のホムンクルス事件や女子寮内私物盗難事件、グラウンド石化事故等、貴殿が解決した問題事は一学期だけでも数多ある。さぞや良い魔法の腕をお持ちだろう」

「いいや、私は無理やり巻き込まれただけだ。アンタと戦うことに興味もないし、理由すらないじゃないか」

「私は強い方とお手合わせしたいだけだ」

「その言い方だと、剣術科に強い奴は居ないようだねぇ?」


 サモンの嫌味は彼女には分からなかったようで、「そういう訳では」と唇を尖らせた。

 他の剣術科の教員には分かってしまったため、サモンは剣術科の睨み目を一身に浴びる。だが、サモンには効果は無かった。


 エリスはこめかみをギュッと押して、咳払いをした。


「こほん、魔法学科からの立候補は後々聞きましょう。では、体育祭の持ち場について──」


 ***


 パフォーマンス武闘会以外は滞りなく進み、会議は終わりを迎えた。


 音響機材や放送担当は案の定、シュリュッセルとクラーウィスに。

 会場の安全確保はアガレットと、剣術学科からカイトが。

 競技場の整備やルート案内はクロエと、剣術学科道徳担当のメロウが。

 各競技準備はルルシェルクと、剣術学科生物学担当のポラリスに。

 点数記録は魔法学科魔法変遷学のハロルドと、剣術学科五教科基礎のギルバートに。


 治療班は、エイルとマリアレッタが担当することとなった。


 サモンはうんと背伸びをして、大講堂を出る。さっさと塔に戻って、妖精学の研究を続けなくては。



「ストレンジ!」



 後ろから、カメリアが声を掛けてきた。


「さっきの件だが、本当に出る気は無いのか?」

「無いったら無いよ。アンタと戦って得られるメリットなんかあるの」

「自分の力量を測れる良いチャンスだ。私は負けたって文句を言わない。私は貴殿が弱そうなんて理由で、申し込んだわけじゃない」

「強者に挑んでいく姿勢をからかいはしないよ。けどさ、私と戦って負けたら、アンタ剣術科での居場所無くなるんじゃない?」


 サモンは、取り繕いなんて疎遠な物言いをする。素直といえばそうだが、歯に衣着せぬ物言いで怒らせた人も、両手両足の指を全部使っても数えられない。

 だが、カメリアは少し悲しげに笑う。



「居場所がないのは元からだ」



 男が多い剣術学科。そこに、花形である剣術指導を、女が担っている。男がそれをよく思うはずもない。


 彼女の孤独はよく分かる。けれど、それを理由に申し出を受けるつもりもない。


「じゃあ頑張ってお作りなさい。そう言われたからって、アンタの申し出を受けたりなんてしない。アンタの腕試しに私を使うんじゃないよ。関係ないんだからさ」


 冷たく突き放して、サモンは欠伸をする。

 廊下で資料を握って立ち尽くすカメリアは、「そうか」と目を閉じて呟く。


「······貴殿がそう言ったところで、私は諦めるものか」


 カメリアは背筋を伸ばして廊下を歩く。

 それはやはり、堂々としていて。

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