第48話 ドタバタ追いかけっこ 2

『ロゼッタ、配置につきました』

『ロベルト・アーキマン、剣術科二年廊下待機中です』

『レーガ、準備オッケーです』


 そばに居ない誰かの声が、すぐ耳元で聞こえるのはやっぱり慣れない。

 精霊は別だ。姿が見えないのに声が聞こえる時は、大体隣にいる。それが分かっているから驚かないが、姿を消せない人間が離れたところから声を届けられるなんて、知識と実物は全く違う。


「はぁ、人間の無駄な知識と技術も侮れないねぇ」



 ──で、これはどう使うんだったっけ?



 耳に装着したインカムマイクは、エイルが門番の双子から借りてきた通信機器だ。先を見据えていたかのように、きっちり四人分。揃えた彼に、サモンはムカついてスネを蹴りあげた。

 これは、どこかを押すと声を通せると言っていた。

 ボタン? が、あるんだったか。どこにあるのか聞けば良かった。


 サモンはさわさわと耳元をいじる。

 小さな突起を見つけ、とりあえずそれを押してみる。


「ん〜? これか? これでどうやって声が通るのさ」

『普通に話せばいいんだよ』

『ちゃんと聞こえてるわ』

「え、これでいいの? 電話より楽ちん」

『これなら先生でも使えそうだね』


 レーガの悪意のない返しに、サモンは少しムッとする。

 機械なんて無くても生きていけるのに。使えたからって何だ。

 こんなことで怒るのも大人気ないので、サモンは「そうだね」とだけ返した。


「さぁ、それぞれ散らばってインプをお探しなさい。特徴は分かるね? ロベルトはレーガから画像を受け取ったろうね」

『はい。この黒い生き物ですよね』

「あぁそうだ。インプを見つけたら、逐一報告を。それに合わせて必要なら指示を出そう。インプは思っているよりすばしっこいよ。気を引き締めて探しておくれ」



『『『はい!』』』



 三人の返事を聞き、サモンは中央棟で杖を抜く。

 それを四拍子を刻むように振り、一回転した。


「少し悪戯をしよう。おいたはとがめておかないとね」


 サモンが足で床をタン! と鳴らす。足の下から床全体に木の根のような紋章が広がり、壁や天井にまで、あちこちに広がっていく。



「妖精のお手伝い──『ホコリも片付けようスパイダーウェブ』」



 中央棟、サモンのいる廊下しか効果範囲はない。けれど、サモンがいるのは剣術学科、中央棟、魔法学科を繋ぐ、唯一の廊下だ。

 どちらにいたにせよ、ここを通るしか逃げ道はない。

 あとは、外に出ないようにするだけ。


 スマホがまたポケットの中で震える。

 サモンはビックリしつつも、何とかスマホを出して、電話に出る。


「えぇっと、緑のマークを、たっぷ」


 慣れないながらもスマホを操作して、電話に出る。


「やぁ」

『はぁ〜い、サモン。アタシだ。全棟封鎖完了したぜ。教員、生徒への通達も済んだ』

「ありがとう。インプは今どこに?」

『監視カメラだと、剣術科三学年廊下、西側のトイレだ』

「おやおや、そこに行っても何も無いだろうよ」

『残念だが、生徒たちの秘密売買の為の置き金があるんだなぁ』


 クラーウィスいわく、西トイレの奥の壁に、タイルがひとつ外せるところがあるらしい。そこにお金を入れて、故障中の個室に品物を受け取るという、生徒同士のやり取りがあるらしい。


「君らに知られてる時点で秘密もへったくれもないじゃないか」

『学園長には言ってねぇもん。だってやり取りされてんの、ただのエロ本とかゴムの類だし』

「······購買じゃ買えないもんね。通販すれば、君たちが取り締まってしまうし」

『だから、黙ってやってんだよ。帰省の度にカバンにエロ本隠して持ってきて、コソコソやり取りしてんだ。可愛いじゃねぇか。ガキの浅知恵って感じで』

「最後の一言が余計だよ」


 クラーウィスは電話の向こうでククッと笑う。

 どうせシュリュッセルも黙認しているのだろう。トラブルが起きていないのなら、双子が規制する理由もない。それに、双子にとってそれが面白いのだろう。


「じゃ、ロベルトに向かわせよう。外に出ないように、そこから見張ってておくれ」

『オーケー! アタシたちの城で好き勝手させないぜ!』


 頼もしい一言を後に、クラーウィスとの通話が切れた。

 相手が切った場合は、赤いマークを······。


「たっぷ、で······よかったんだっけ」


 ちょん、とマークに触れると、元のホーム画面に戻る。

 電話の履歴も、残り、きちんと通話が切れているようだ


「おぉ。······ふふん、私にだってこのくらい出来るもんね」


 謎のドヤ顔をして、サモンはロベルトに指示を出す。


「ロベルト。剣術科の三階、西トイレにお向かいなさい」

『え、三階は下級生の進入は禁止なん······』

「何か言われたら双子の名前を出して、『アレを規制する』って言っておきなさい」

『アレって何すか!?』

「つべこべ言わない! インプがそこを離れたら、今度はアンタにクラーウィスの電話がいくよ!」

『それは、困る······。はい。ロベルト、今向かいます!』


 ロベルトと通信が切れると、サモンはふぅとため息をつく。

 指で輪っかを作ると、右目でその向こうを覗いた。

 けれど、サモンは「やっぱりやめた」と言って手を下ろした。


「怒られるのは勘弁──おや」


 何となく、ロベルトがインプを取り逃した気配がした。

 その直感通り、ロベルトから慌てた声の通信が入る。


『すんません、逃がした! 今三階の階段降りてます!』

「よぉしロベルト、補助はするからこちらにお通しなさい」

『了解!』


 通信を切って、サモンは剣術科に向けて杖を振る。

 かなり遠いが、廊下を走る音が聞こえた。

 それは、段々とサモンの方に近づいてきて······──


「『通りゃんせ』!」


 剣術科の廊下に向かって、幾重にも連ねた鳥居が立つ。

 その中を、インプと驚きながら感嘆するロベルトが駆けてきた。


 サモンはイヤリングを外した。

 けれど、それで捕まえるよりもインプが速い!


「おっと!」


 サモンの頭上を飛び越えて、インプは魔法科へと逃げようとする。


「させないよ!」


 サモンは床を踏みつけた。

 木の根のような紋章が浮き上がり、インプは壁に足を着いた途端に捕らえられた。


「ギャギャッ! ギャッ!」


 インプはジタバタともがくが、紋章が浮き上がり、インプの足を掴んで離さない。


「レーガ、ロゼッタ、インプを捕まえたよ。こちらにおいで」

『えー! もう捕まったの!?』

『今行くわ』


 魔法科の二人を呼んで、サモンはインプを変形させたイヤリングに閉じ込める。

 サモンはロベルトにインプを預け、「学園長に」と届けさせた。


 ロベルトと入れ替わりで現れたレーガとロゼッタは、二人だけで捕まえてしまったのが面白くないようで、不満げな顔をしていた。


「つまんないなぁ。僕が捕まえたかったのに」

「私だって、対妖精の実戦魔法の練習になると思ってたのに」

「こらこら、二人とも。別にロベルトが先だったってだけで、アンタらがスペアとか、そんなつもりで呼んでないよ。魔法学科が三人もいるんだ。インプを捕まえた後にすることは何だい?」


 サモンはレーガと視線を合わせる。

 レーガは目を輝かせ、手をピンと挙げた。



「インプは盗んだ物をどこかに隠してるから、それを探すんですね!」

「その通りだ。さぁ杖を持って。魔法は知っているね」

「はい! サモン先生!」

「はい、もちろんです!」



 三人は杖を握る。そして、思い思いに振った。




妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク

「「『君はどこにいるのトレジャー・ハント』!」」






「「「··················えっっ!?」」」






 それぞれの魔法は発動した。

 そして、同じ方向を示している。

 だが使った魔法が、サモンと生徒二人で全然違う。


「ちょっと先生! 僕たちそれ使えないよ!」

「それ物を隠す魔法なんだから、応用に使わないでちょうだい! それ使うんなら私たちにも教えて!」

「僕もそっちがいい〜!」

「あーもー! うるさい! うーるーさーいー! ほら早くお行きなさい! 宝探しでも隠れんぼでも一緒だろう! もーこの子達ってば······」


 ローブを引っ張るロゼッタとレーガを引きずって、サモンはインプの隠した宝物を探しに歩き出した。

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