第47話 ドタバタ追いかけっこ
二学期が始まり、帰省していた生徒たちが学園に帰ってくる。
やんちゃしていた生徒たちも、学校が始まった一週間は大人しいもので、サモンは授業と休息を両立させながら、穏やかに──······
······──過ごせると思っていた。
「先生ソレ止めてぇぇぇ!」
廊下を走るレーガと、レーガの前を飛び回る小さな妖精。
妖精はサモンの前で急停止し、横をすり抜けて廊下の向こうへと行ってしまう。
サモンが視線を逸らした途端、止まれなかったレーガがサモンに衝突する。
「ぐはぁっ!?」
「痛っ!」
横からの力に抗えず、サモンは床に体を打ち付ける。
痛む体を擦りながら、レーガにそこそこに痛いデコピンをかます。
「あたっ!」
「レーガ、いきなり突進してくるんじゃないよ。廊下を走って、マリアレッタ先生に怒られても知らないよ」
「先生は怒んないんだ。そうだ! 先生アレ、アレ止めて! 保健室から逃げちゃったんだ!」
レーガは廊下の向こうを飛ぶ妖精を指さした。
サモンは「あぁ」とため息をつくと、レーガを横に押しやる。
腰を擦りながら立ち上がり、怖がらせないようにゆっくりと、妖精に近づいた。
妖精は小さな体をさらに縮こませ、怯えた様子を見せる。
サモンは手のひらを妖精に向けた。
「怯えないで。平気だよ」
小さな妖精は、サモンの指先にちょんと触れた。
「
妖精はサモンの手のひらに乗ると、羽をパタパタと動かす。
それは、サモンが呪具店で羽を抜かれた妖精だった。新しい羽を動かす彼女に、「今はゆっくり休んで」と声をかける。
「エイルに、いつ飛んでもいいか聞きに行こうか」
サモンの手の中で、妖精はこくこくと頷く。
サモンは思い足取りで保健室へと向かう。
「先生」
「妖精をアレとかソレとか言うんじゃないよ。特に、私の前ではね」
「ごめんなさい」
レーガはいつものように、サモンの後ろをついて行く。
サモンが「ついて来るな」と言わなくなったからか、レーガはニコニコしながら歩いていた。
***
ナヴィガトリア学園──保健室
清潔感のある白······というよりは、無の世界のように真っ白な保健室。
遮断カーテンも、窓枠も、テーブルすら真っ白な部屋に、黒衣はとても浮いて見える。
エイルはカルテのようなものを書きながら、ピアスをいじっている。
サモンはため息をついた。
「またピアスを開けようなんて考えてるんじゃないだろうね?」
「おや、サモン。珍しいな。そろそろ新しいのが欲しいと思っていただけだ」
「痛みを感じるために?」
「オシャレのために」
若干含みのある会話をして、サモンは手のひらの妖精をエイルに見せる。
「いつ森に返せばいい?」
「ん? ······あぁ、安静にしていれば三日ほどだな。回復を促す薬を毎日飲めば、すぐ良くなる」
「そう。それまでここに入院?」
「そうだなぁ。安心出来る所があるなら、そこがいいが」
「じゃあ傍の森に連れていくよ。三日分の薬をお寄越しなさい」
「はいはい。お前はそういう奴だよ」
エイルは呆れ笑いをして、薬袋をサモンに渡す。
「ところでサモン」
「何だい。面倒ごとはお断りだよ。アンタといると、ろくな事が起きないからね」
「その問題事だ」
エイルはケラケラと笑う。一体何が面白いのやら。
サモンにエイルを理解するのは当分無理そうだ。
エイルは呆れるサモンにお構い無しで話を振った。
「昨日から、保健室の物が盗まれている」
──また窃盗か。
大方ゴーストかエイルをよく思わない誰かのイタズラだろう。
「学園長に言ったらどうだい。私じゃなくて」
「そうなんだが、学園長も窃盗の被害者だ。相談出来ない」
「はぁ?」
学園長が被害者?
エルフ相手に誰が窃盗なんて働くのか。
だが、被害者はこの二人だけではない。
マリアレッタの琥珀の首飾り、クロエの赤柘榴石の指輪。
魔法学科教師陣では二人の被害者が出ている。
剣術学科ではカイトと剣術指導の先生が被害に遭っている。
双方の教師陣だけで六人。教師から物を盗むのはただ事ではない。
「サモンはどう考える?」
「生徒の犯行では無いだろうね。教師の私物はまず職員室には無い。教師専用の執務室はディンプルキーと管理室直通のセキュリティシステム、あと魔法科はそれぞれ独自の防衛魔法を張っているから、生徒が盗みに入るにはやや困難だ」
「そうか。門番の双子に監視カメラの映像を見せてもらうとしよう」
エイルはスマホで管理室に電話をかける。
サモンには、今だに細長い板切れのようなもので誰かと会話が出来るのが不思議でならない。
最近ようやくタップとスワイプを覚えたところだ。電話なんてまだまだ出来る範囲ではない。
「そうか。ありがとう。──ふむ、変なものがカメラに映り込んでいたらしい。気になるから、サモンに見て欲しいと、双子がお前のスマホに画像を送ったそうだ」
「なんで私のスマホなんだ! 自分のスマホに送ってもら──うっっわ!?」
ポケットの中でスマホが震える。
サモンはスマホを出すと、暗い画面に通知が出ていた。
「レーガ、これは何だい」
「メルポの通知だよ」
「め、めるぽ」
「無料通話・メールアプリ。これをタップ」
「たっぷ」
「二回タップ、連続で『ぽぽん』って」
「ぽぽん」
「口で喋るんじゃなくて······」
「貸せ。機械音痴に送れなんて言わなければ良かった」
珍しいエイルの後悔を聞き、サモンは面白い気持ちと不満な気持ちで複雑になる。
エイルは画像を開くと、サモンに見せた。
「この黒い生き物だ。何か分かるか?」
画像にいるのは、黒くて小型。腹だけが目立ち、手足は細い。目が赤く、耳は尖っていて、長いしっぽが特徴的だ。
「インプだ。典型的な悪魔型妖精だね」
「い、インプって宝石を盗んだり、スパイ活動をする妖精ですよね」
「魔女の眷属とすら言われるくらいだ。早めに捕まえた方がいい」
サモンが言うと、エイルは顎を擦る。そして、まだ電話をかけた。
「──あぁ、シュリュッセル。
エイルは電話を切ると、サッと立ち上がって保健室を出る。
「ちょっと行ってくるわぁ」
「あの双子のおもちゃを借りに? 迷ってしまえ」
「一度も迷ったことがないんだなぁコレが。
エイルはサモンの肩をポンと叩いて地下へと向かった。
サモンは頭をガシガシと掻いて、レーガに指示を出す。
「ロゼッタとロベルトに連絡取って、この次の授業休み取らせて。ロベルトは剣術科で待機。私は中央棟にいるから」
「はい。えっと、僕たちは何をすればいい?」
「決まってるだろう?」
サモンは杖を出して笑う。それは、妖精がイタズラをする時のように、楽しそうだった。
「鬼ごっこさ」
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