第50話 地獄はこれから

 総会議から三日後。魔法学科のみでの会議が開かれた。

 会議といっても、先日決めた役割分担と行動の確認だ。

 サモンはいつものように、壁にもたれて会議を聞く。


 契約上、ほとんど自分には関係の無い話なので、サモンにとってはものすごく退屈だ。

 サモンがぼうっと、窓の外を眺めていると、エリスが咳払いをする。


「ちゃんと聞いていますか? ストレンジ先生」

「え? あぁ、聞いているとも」

「本当ですか? じゃあ、あなたが赤組の指揮官になることも聞いていましたね?」

「はぁっ!?」


 サモンの素っ頓狂な声に、エリスは「やっぱり」と呆れる。

 なぜ自分が赤組を率いる? 冗談じゃない。そんなこと契約書には書いてない!


「お断りだよ。何で私が子供の軍勢を取り仕切るのさ」

「さっきも言いましたよ。聞いてたんでしょう?」

「うぐっ······」


 マリアレッタはキョトンとして、サモンに教えてくれた。


「あら、【パフォーマンス武闘会】の参加者が、剣術科のミズ・リコレッティとミスタ・ストレンジに決まったからでしてよ。ド忘れなさって?」

「はぁっ!? あんな立候補と指名を真に受けたってのかい!?」

「あんな、とは失礼ですよ。剣術科からの立候補はリコレッティ先生だけでしたし、魔法学科に至っては立候補しませんでした。体育祭までの日程や準備時間等々考えても、あの指名を受諾する他ありません」

? 出たがってる奴くらい居たろう······ははぁ」


 サモンはアガレットをじっと見てから、鼻で笑った。

 なるほど、こいつ。推薦待ちしてて出遅れたのか。さっさと名乗りを上げたら良かったのに。


 アガレットは知らん振りを決め込むが、内心サモンが選ばれたことが不満で仕方ない。

 サモンはアガレットの表情と腕を組む癖から、それを読み取った。けれど、サモンにアガレットを推薦する気は全くない。


「分かった。不本意だがお受けしよう。だが、赤組の指揮担当以外、私はなーんにもしないからね」

「えぇ、それで結構です。では、本日の会議は終了とします」


 ガタガタと席を立つ音に混じって、アガレットの舌打ちが聞こえてきた。

 サモンはわざと勝ち誇った顔でアガレットを見やる。アガレットは眉間のシワを深く刻んで睨み返してきた。


 ***


「せーんせ! 先生体育祭何の担当になったの?」


 サモンの塔の片付けをしながら、レーガは無邪気に聞いてきた。

 ロゼッタは本棚のホコリを取りながら、「あ、気になる」とサモンを見る。

 サモンは「ははは」なんて適当に笑って、話を逸らした。


「それより、アンタ達は何組になったんだい? たしか今日、くじ引きがあったはずだよ」


 ──白組であって欲しい。


「僕は赤だよ!」

「私も赤組」

「わぁ! 同じだ! 一緒に頑張ろうねぇ」


(······ちくしょう)


 サモンは心の中で舌打ちをして、掃き掃除をする。

 何でこいつらから離れられないのか、何かある度にあの三人はサモンについて回る。


(一度クロエに占ってもらった方が良いんじゃないか?)


 いや、でもまだロベルトがいる。

 ロベルトはさすがに白組だろう。三人が同じ赤組になる確率の方が低い。


 ブツブツ呟いて考えていると、水汲みをしてきたロベルトが戻ってきた。

 バケツをドアの近くに置いて、雑巾をそれに放り込む。


「ロベルト、あなた何組になった?」

「俺?」


 ロゼッタが尋ねると、ロベルトは頭を掻いて、表情を曇らせる。

 サモンはその様子で白組を確信した。心の中でガッツポーズまで取ってしまう。



「赤組だ」

「あら、同じね。レーガもなのよ」

「ロベルトがいると心強いや!」



「ちくしょう······」



 何でだ。



 サモンは項垂れたまましゃがむ。三人は首を傾げて掃除の続きをする。

 サモンは「どうして」とボヤいた。


 本当に三人揃ったじゃないか。何で私の周りには必ずこいつらがいるんだ。腐れ縁なんてものじゃない。悪縁だろうがこんなの。


「先生、全部口に出てるよ」


 レーガが肩をつつきながら言った。

 ロベルトが雑巾をかけていると、床に落ちた会議資料を見つける。

 そして、大きな声で言った。



「ストレンジ先生赤組の指揮官なんスか!?」

「えっ本当!? ちょっと見せて!」

「待って! 僕も見たい!」

「本当だわ! 先生何で教えないのよ!」

「わぁい! 先生と同じ組で良かった〜!」

「うるさいうるさい! 勝手に教員の資料を見るんじゃないよ! ったくもう」



 レーガは喜びすぎて舞い上がるし、ロゼッタは謎に不安がるし、ロベルトは安心したような顔をしている。


「言いたいことがあるなら、はっきりお言いなさい。今から一分以内であれば受け付けるよ」

「いや、良かったなぁって。白組の指揮官、リコレッティ先生なんで」

「リコレッティ······」


 そういえば、体育祭プログラムに合わせて指揮官を決めたと言っていた。なら、白組の指揮官がカメリアになるのは必然か。

 だが、ロベルトがなぜ安心するのか。

 ロベルトは「あの先生、むちゃくちゃ強いんですよ」と話した。


「前職はどこかの国の騎士団だったとかで、めちゃくちゃ剣の腕が立つんス。しかも、剣術科の中で一番強くて、誰もリコレッティ先生に勝ったことがなくて。前に護身体術のコーネリア先生と、体術で戦った事があるんですけど」

「カメリア先生が勝ったの?」

「はい」


 しかも、教科担当相手に三分で勝ったと言うのだから、相当の腕前だろう。

 騎士団出身か。なかなか厄介な相手だ。


「でもかっこいいんスよ。片手で自分よりも体躯の良い相手をいなして、飛ぶように跳ねるし、身軽で体も柔らかいしで、憧れるんだよなぁ」

「あ〜、前に言ってたよね。カメリア先生みたいな騎士になりたいって」

「いつか俺も、剣回す余裕もって戦えるようになりてぇ〜」


 ······ロベルトの敬語の癖は、カメリアから来ているのか。

 一つ納得したサモンは、「あっそ」と言って箒を片付ける。

 ロゼッタは気になった本を手に取って、片手間に読みながらハタキをかけていた。


「で、ストレンジ先生。いつから赤組の競技練習を始めるの?」

「は、競技練習?」

「? そう。指揮官になったら、自分の組が競技で良い点取れるように練習記録つけたり、生徒別メニュー作ったりするのよ。一年の時は、マリアレッタ先生がやってたけど」

「そんなのも指揮官の仕事に入るのかい」

「え、知らなかったなんて言わないわよね」


「一切知らなかった」

「最低ですね」

「うるさいな」


 サモンは頭を抱えた。

 指揮官なんて、当日に生徒たちを取りまとめておけばいいと思っていたからだ。

 思ったより楽観視出来ない状況に、ため息をつく。

 サモンの安息の時間は、しばらく訪れそうにない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る