第45話 お片付けはこちらで

 学園に帰って来て、サモンはようやく三人から解放された。

 次の日はずっと眠り、次の日の昼まで眠った。

 ──そして今、また頭を悩ませている。


「違うってぇ! サモン先生それじゃなくて……」

「ローマ字のまんまじゃ読みにくいのよ。カナ変換のとこ」

「違う、それスペースキーだって!」


 塔の中で、埃をかぶっていたパソコンを引っ張りだされ、後ろからやいのやいのと騒がしい声が降る。

 サモンは人差し指でちまちまとパソコンの操作をするが、何を押しても「違う」だの「それじゃない」だのと言われる。


「うーるーさーいー! そんなに言うんならアンタ達がやりな!」

「ダメよ! 先生が書かなくちゃ!」

「そうだよ! ほら、前向いて!」

「ローマ字打ちは出来んだから、後は確定キーと改行出来ればオーケーっス」

「クッソお前ら、二学期になったら吐くほど課題出して、テストの難易度ばり高くしてやる!」


 先の事件で、何故かサモンは三人により懐かれてしまった。

 サモンとしては、危ない目に遭わせたのだから、傍に寄り付くことはもう無いと思っていたのだ。


 けれど、帰りに風の精霊アズマを呼んだのが間違いだった。

 妖精学の常連、魔法学科首席、妖精初心者がアズマに興味を持たないはずがない。アズマもアズマで、「サモンのお気に入り」と三人を可愛がってくれたものだから、サモンの株が上がってしまったのだ。


「アズマなんか呼ぶんじゃなかった……」

「いい人じゃないスか。なぁ、レーガ?」

「うんうん! すっごく面白い精霊だった。ねぇサモン先生〜、また呼んでくださいよぉ」

「お断りだよ。そもそも風の精霊ってのは、自由気ままなんだ。呼んだからって必ず来てくれるわけじゃないよ」

「そんなぁ……」


 レーガは肩を落とす。

 ガッカリする三人に、サモンは落ち着かないような、同じようにしょんぼりした気持ちになる。



「……分かった。君たちが代わりに報告書を書いてくれるなら、相手してくれそうな精霊を呼ぼう」



 サモンがそう言うと、三人の表情はぱぁっと明るくなった。

 サモンが内容に少しだけ嘘を混ぜて話をする。すると、三人はそれに合わせて話し合いながら、パソコンで手早く報告書を作ってくれる。

「これは楽ちんだ」とサモンは笑った。次からもいい感じに利用しよう、なんて考えてコーヒーの準備をしている間に、報告書は出来上がっていた。


 ***


 学園長室では、エリスがサモンが持ってきた報告書に驚いている。

 最初は「サモンが報告書を初めて持ってきた」と驚いていたが、今は報告内容に釘付けで、最後はあんぐりと口を開けた。


「ストレンジ先生、この内容は事実ですか?」

「当たり前だろう? 嘘をついてなんになる」


 嘘だ。ちょっと隠してる部分がある。


「教材店が呪具店だったことも?」

「あぁ」


「店主を捕まえたことも?」

「あぁ」


「店を跡形もなく消し去ったことも?」

「あぁ」


 エリスは頭を抱えた。

 誰も死んでいないとはいえ、ここまでする事を、誰が予想出来ただろう。

 サモンはささくれを剥きながら、エリスの様子をちらと窺う。エリスは悶々と悩んでいるようだが、ようやく腹を決めた。


「………………色々と、言いたいことはありますが、全て不問にすると約束しました。私は何も言いません。報告ありがとうございます」

「随分と頭が痛そうだねぇ。ストレスは体に悪いよ?」

「誰のせいだと思ってるんですか!」


 エリスは勢い余って立ち上がる。サモンは「おぉ怖い怖い」なんて、思ってもいないことを呟く。

 サモンは懐中時計を開いた。そろそろあの女が学園に運ばれてくる頃だろう。聞きたいことを聞かなくては。


「さぁて、私はおいとましよう。報告は済んだしね」

「はぁ……。本当にあなたって人は」


 エリスはサモンを見送ると、報告書の下に置いていた、もう一枚の報告書を見つめる。


 それは、シュリュッセルとクラーウィスの報告書で、サモンが今しがた報告した店主ののついての報告だった。


「サモンもサモンですが、あの双子も双子です」


 エリスは椅子に深く腰掛けて、ため息をついた。



「……虐げられた者は、心の無くしてしまうのでしょうか」



 エリスは虚しさに目を閉じる。


 ***




赤い靴で踊ってエバー・ラスティング・ダンス




 妖精魔法が唱えられる。

 すると、レイチェルは真っ赤な靴を履いて踊り出した。

 レイチェルは声とも呼べない悲鳴を上げて、靴を脱ぐことも、踊りを止めることも出来ずに体を動かし続ける。その姿は、おとぎ話の悪役のようで。


「ねぇ、クラーウィス。最初から飛ばしすぎじゃない?」

「そんなこたァねぇよ。なぁシュリュッセル、さっきからドアの前にいるのはなんだ。デュラハンなんか来る用事ねぇだろ」


 クラーウィスはレイチェルから目を離さずに言った。

 ドアの前には、仕事着のノックスが立っている。ノックスは時計を見ながら「あと五分」と呟く。

 シュリュッセルはレイチェルに「ご愁傷さまね」と同情した。


「おい、なぜ呪具店であることを隠したんだ?」

「痛い、熱い! 誰か、誰かぁ!!」

「うるせぇ。わめくな見苦しい。言え。なんで嘘をついた」


 クラーウィスは無慈悲にも、レイチェルを鞭で叩いた。

 ヤスリのような表面は、レイチェルの肌を荒く削る。レイチェルは泣き叫んだ。泣いて叫ぶばかりのレイチェルに、シュリュッセルが痺れを切らす。


「早く喋ってちょうだいな。ボクたち暇じゃないのよ」



秘密は暴かれたりトーカティブ・ツインズ



 シュリュッセルが呪文を唱えると、レイチェルの胸から青い光が飛び出して、シュリュッセルの手のひらに乗る。

 それはレイチェルの形を成すと、偉そうに腕を組んだ。


「どうして呪具店を隠して、教材店なんて言ったのかしら?」

『簡単よ。王都は今、転覆の危機に陥った。周りの街や村、王都が統治する場所に呪術を施し、大暴れさせたら、誰も手をつけられない。どこから立て直すかも、どうしたら呪具が止まるのかも分からないところに、呪術の専門家が現れたら?』


 シュリュッセルとクラーウィスは顔を見合せた。

 要は、自ら混沌を自ら収めることで、名声と地位を手に入れて、政治に携わろうと言うのだ。


『それだけじゃないわ。ちょっと下積みは必要だけど、王宮内での地位が確立した後で、王もお后も殺してしまえば、私が統治を任される。そうすれば、この国は私のモノ!』


 クラーウィスは目の前で踊り続けるレイチェルに目を向けた。もう叫ぶ元気も無いようで、ただひたすら、めちゃくちゃに体を動かし続けている。


『ただ、急がないといけないのよね』

「あら、どうして?」

『王家の血を引く奴がいるって噂になってる。王子よ。二十年くらい前に、捨てた王子がいるんだとか』

「そのオージサマの特徴は? なぜ生きてると?」

『最近ある街で大掛かりな妖精魔法が使われたの。その時街にいた人達は口々に言ったわ。『桃色の目をした男だ』と』


 シュリュッセルは「サモンね」とため息をつき、クラーウィスは「さすがサモン!」と興奮した。



『その捨てられた王子も、桃色の目を──』



 手のひらの上のレイチェルは、そこまで言って消えた。

 ノックスはついに倒れたレイチェルの本体を受け止めて、「引き取ったぞ」と双子に告げる。

 そして、ノックスは自分の首を外すと、レイチェルを連れて風のように去った。


 シュリュッセルとクラーウィスはまた顔を見合わせる。


「どうする? クラーウィス」

「どうする? シュリュッセル」


 双子は目だけで会話する。十秒ほど見つめあった後、目を細めて指を絡めて笑った。




「「皆には黙っておこう」」




 それは双子の悪戯か、優しさか。

 誰にも分からない笑い声は、静かに地下室に響いていた。

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