第44話 報復のお時間です 2

 二週間前──バンシーのパブ裏、ノックスの小屋。


 ランタンの灯りだけが揺らぐ、酒臭くて狭い室内で、ノックスはサモンに何枚の写真を見せる。


「……何だいコレは」

「とある森の被害者たちの写真だ。一枚目は──」




「……しゃしん」

「だぁぁぁもう! 妖精俺らよりうといってお前っ、よく生きてこれたな!?」

「う、うるさい! アンタまでそういうこと言うんじゃない!」




 サモンは頬を膨らませて、写真の説明を受ける。

 ようやくサモンが理解したところで、ノックスは話の続きに移った。


「妖精達の羽が、無理やりむしり取られる事件が、ここ一ヶ月で頻繁に起きてる。森に帰って来れた妖精のほとんどが、本来の羽とは全く別の羽を持って戻ってるんだと」

「『死』を守る妖精が、よく森のことを知っているね。君たちはその特性上、人間と近しい所にいるのに。いや、『死』を守るから、どこの事も知っているのか」


 死の訪れは、必ずしも人間だけとは限らない。この世に生きる限り、あらゆるものに絶対的な死は付与される。──不老長寿の、妖精だとしても。


 ノックスはサモンに写真を見せた。

 骨格だけの羽、コウモリの羽、元が何かも分からないものもある。

 妖精たちの泣き腫らした顔も、その羽と共に写っていた。

 実に痛ましい光景に、サモンは唇を噛む。


「お前には分からないだろうけど、羽と体が紐のようなものでがんじがらめになってる。本来ありもしない羽を、くっつける術式が何かは分からないが……」

「呪術に近い、魔法? 魔術、が使われてるんだよ」


 ノックスの疑問を、サモンはひと目で答えを導く。

 サモンには、ノックスが言った通りのものが見えていた。

 ノックスはサモンに上体を寄せると「やめとけ」と目を塞いだ。


「お前がそれをすると、人間とかけ離れる。俺らがお前の保護者に怒られんだろ」

「知るかい。私が好きでやってる事だ。それに、この目は元々だよ」


 ノックスはサモンから手を離すと、写真をつつく。


「……これをやってるのが、さっきお前が聞いてきた【レイチェル・ワークス】って店らしい。奴は教材店とは名ばかりの呪具を扱う」


 サモンはノックスに写真を返すと、席を立った。

 一瞬足がふらついて、前に倒れそうになる。ノックスは反射手的に立ち上がり、サモンを支えようとするが、サモンも何とか持ちこたえた。


「情報ありがとう。呪具の店なら、潰しても問題無さそうだねぇ。ついでに面白そうなものがあったら貰ってしまおうか」

「一応言っておくが、殺すのはやめろよ」

「妖精に危害を加えてないかによる」



「違うわ。俺の仕事増やすなって言ってんだ」

「私の心配してよぉ! なんでいつも会う度に仕事がーって言うのさ!」

「お前が、俺に大量の仕事を押し付けたことが、何回あると思ってんだ!」



 首が外れるノックスに、首を絞められるなんて笑い話があるだろうか。

 サモンは「善処しよう」と、ノックスの腕をタップする。

 サモンが小屋を出ていくと、ノックスはため息をついて、クローゼットから仕事着を出した。



「…………準備はしておこうか」



 ***


 ノックスとの約束は、『死人を出さない』であって、『死人を』ではない。


 王都内の裏路地に、投げつけられたレイチェルを見下ろして、サモンは杖を振り上げる。

 レイチェルはガラスの杖をサモンに向けて、「下級杖風情が!」と悪態をつく。その姿がアガレットに似ていてより腹が立つ。


冥狼の歯牙ブロー・ケルベロス──」



引き寄せビエニ・クイ!」



 レイチェルの杖を、横からレーガがかすめ取る。

 レイチェルは右を向いて、レーガを睨んだ。


「クソガキ!」


 レイチェルはレーガの顔を引っぱたく。長い爪が、レーガの頬に傷をつけた。


雲間の弱雷ペアライズ!」


 反対方向から、ロゼッタが飛び出した。

 杖をレイチェルに向けると、小さな雷がレイチェルの背中に当たり、彼女を痺れさせる。


 レイチェルが倒れると、ロベルトがロープで素早く縛り上げた。

 サモンはぱちぱちと軽く拍手する。


「お見事」

「先生、作戦を伝える時は、きちんと練ってから伝えてください!」


 ロゼッタは杖をしまうなり、キャンキャンと吠える。

 レーガは傷を擦りながら、「ビックリしました」とレイチェルを見下ろした。


「で、あの人どうするんですか?」

「聞きたいことは山ほどあるから、事情聴取をしようかと。でもねぇ──」


 サモンは頭を掻いた。

 遠くから笛の音がして、馬のひづめの音もする。それが、サモンたちに近づいてくる。


「ちょっと暴れすぎてね?」

「最悪っ! どうするんですか!」


 慌てる三人に対し、サモンは冷静だった。

 レイチェルを馬車に乗せると、サモンは馬を更に裏通りへと走らせる。


 サモンは三人を呼んで、脇道へと走った。

 右へ左へ、狭い道を走っていく。三人はサモンがどこへ向かっているのか分からない。サモンは後ろを振り向くことなく、先頭を走っていく。


 王都の中心である、広場に出た。

 サモンは立ち止まって杖を大きく振る。

 笛の音が聞こえた。馬の音も近い。


「ストレンジ先生、このまま王都の外へ走った方が!」


 ロベルトの進言も知らん振りで、サモンは杖を回す。

 風が強まってきて、露店のテントがバサバサと揺れた。

 店先の果実はカゴごと倒れて転がり、婦人方の服も足全体があらわになるほど膨らんだ。


 馬はすぐ目の前にまで迫る。

 無法地帯となった王都で、兵隊達がサモンたちを追いかけてくるとは、とんだ笑い草だ。



「止まれ! 貴様ら、住宅崩壊の現行犯で逮捕する!」



 目の前の違法商売は無視して、さっきの爆発に目くじらを立てるのか。

 サモンは「間抜け共め」と呟いた。


「腐りきった国で働くおがくずの詰まった輩どもに、この私が捕まるもんか!」

「先生、煽ってる場合じゃないですよぉ!」


 サモンは三人を抱えると、噴水の縁に立つ。


「国をきちんと整えてから、私を捕まえることだ! アンタらみたいな間抜け共に、出来ると思っちゃいないがね!」


 サモンはとん、と跳ねる。




妖精の浮遊サファイア・スカイ

「ストレンジ先生ちょっと待てそれ前にもウワァァァァァァ!!」




 ロベルトの制止も虚しく、四人の体は空高く放り投げられた。

 サモンは三人から手を離す。


「サモン先生!?」

「ちょっと、何すんのよ!」

「落ちるっ!!」


 三人はギュッと目を閉じる。

 けれど、何故か落ちることなく空を飛んでいた。


「……サァモン。ちゃんと説明してやったのか?」

「してない。必要も無いでしょ」

「説明無しに飛ばされたら、誰だって怖いだろうよ」


 長い髪の、適当に着崩した快活な男。

 アズマはレーガたちの周りを飛びながら、顔をジロジロと見て回る。


「ふぅん、これがサモンのお気に入りなぁ。おっ、女もいる!」

「お気に入りじゃないってば。さっさと学園に連れてってよ」

「もうちょい見させろって」


 ロゼッタやロベルトは、アズマを見てもピンと来ない。レーガだけは、目をキラキラと輝かせ、「風の精霊?」とアズマに尋ねる。

 アズマは一瞬目を見開くと、「うはは!」と笑う。


「サモン、こいつ気に入った! 面白い生徒連れてんなぁ」

「レーガが特殊なだけだろうよ。早く帰らせてってば。イチヨウに預けたあの女と話があるんだからさ」

「あ〜……。まぁ、良いだろ」


「ねぇ、サモン先生! この人、風の精霊でしょ!」

「精霊って、こんなハッキリ見えるものなんですか?」

「精霊? ストレンジ先生、風の精霊にはどのような能力があるんですか。これは魔法と特性のどちらの──」


 生徒たちの怒涛の質問に、サモンは耳を塞ぐ。


「ねぇ先生!」

「耳を塞がないでください! 質問には答えるって言ってたでしょ!」

「ストレンジ先生、質問が山ほどあるのですが!」

「きーこーえーなぁぁぁい! 聞こえないもんね!」


 アズマは笑っているだけで、サモンを助けようとしない。

 サモンは学園に着くまでずっと、生徒たちの質問責めに遭っていた。

 早くしてくれと頼んだのに、学園に着いたのは、その日の真夜中だった。

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