第43話 報復のお時間です

 二週間もかけて、ようやく辿り着いた王都──“アスピディト”


 きらびやかな宮殿が国のどこからでも見える、と人気の都だが、サモンには全くそう見えない。


 城下町の至る所で違法露天商が商売をして、認可を受けている店ですら、銅貨二枚もしない野菜を銀貨一枚なんて高額で売っている。

 本来ならば名物の料理の匂いが漂う大通りですら、獣のような、小便のような悪臭が漂っている。


 薄らと混じる血の臭いは、ロベルトも感じ取ったようで、左手が剣を握って離さない。


「……先生」


 レーガが不安そうな表情で、サモンのローブを握った。

 サモンは三人に「よくお聞きなさい」と、作戦を伝える。



「まず、アンタたちはこのまま裏通りまでお行きなさい。私が店に入って、店主を連れて来るから、後はボコボコにするよ。いいね?」



 ロベルトは絶句し、レーガはポカンと口を開ける。ロゼッタは「馬鹿じゃないですか?」と真面目なトーンで尋ねた。


「それ作戦って言わないんですよ」

「知るかい。私がどうせ追い出す役目になるんだから、アンタら全員サポートに回んなさい」

「ストレンジ先生」

「そら、お行きなさい。馬が連れてってくれるから、そこから動くんじゃないよ」


 サモンは納得のいかない三人を置いて、馬車から降りた。

 サモンが馬の尻を叩くと、馬は三人を裏通りに連れていく。

 サモンはそれを確認すると、メモの店を探しに向かった。







 大通りから二つ向こうの道を左へ。大鍋屋の角を曲がった、人気のない道にある魔法教材店。

 緑のドアを開けると、その向こうには整頓されていない陳列棚と商品が並んでいた。


 サモンはおもむろに店内を回る。

 虎の爪や、コウモリの羽。ヤギの胃袋に死人の目玉。とても教材として使える代物は置いていない。

 カウンターの向こうにある棚には、アガレットが騙された泥人形マドゥドールがある。実際にその品を見てみると、土を固めて作った、本物の泥人形マドゥドールのようだ。


「……キモ」


 だが、サモンに見えているのは白いホムンクルスのようなものと泥人形マドゥドールが、粘土をこねるかのようにぐにゃぐにゃと動き、ぎゃあぎゃあと泣き喚く子供の姿が土と精液の隙間から顔を出す。

 助けを求めて伸ばす手は、あまりにも透明で、誰も握ってやれない。


 サモンはドアを杖で三回叩いた。

 床を足で二回叩く。

 カウンターを手の甲で一回叩いて、店の棚を袖で擦る。


 店の奥からようやく、店主が顔を出した。

 金髪の髪と、真っ黒なドレスが良く似合う妖しげな女だ。


「あら、お客さん。いらっしゃい」

「アンタがレイチェル? 教材店だと聞いてきたんだけど、思ってた店構えと違うね」


 サモンの言葉に、レイチェルはクスクスと笑う。


「最近ちょっと忙しいもんで、散らかってるのよ。ごめんなさいね、次来る時にはきちんと片付けておくから」


 サモンは店内を歩きながら「へぇ」なんて適当に相槌を打った。


「認可のない店が、忙しいねぇ。随分と王都は荒れてるようだ。そういえば、検問所も巡回の兵隊もいなかったなぁ」

「……あなた、商売管理局の人?」

「いいや、私はそんなお堅い所とは無縁だよ」


 レイチェルはサモンの様子に身構える。

 サモンはそんなのお構い無しに店を回った。


「……学校でさ、使う教材を見に来たんだ。なんかオススメ教えとくれよ」


 そんなことを言って、サモンは棚の目玉を手に取った。

 保存水は濁り、中の目玉の水晶体も妙な色に変わっている。仮に錬金術で使うとしても、これは劣化しすぎだ。


 レイチェルはサモンの言う通りに、おすすめを見せた。


 一つ目は綺麗な紫色の小鳥だ。

 キュルキュルと鳴く可愛い小鳥は、どうしてか網目の細かい籠に入っている。


「これはどうかしら? 変身術には持ってこいの小鳥よ。多少だけど魔力を持っているから、ちょっと失敗してもフォローしてくれる」



「趣味悪いね。キメラを無理やり小鳥に変えてる。そりゃ魔力だってあるよ」



 羽をパタパタと動かす小鳥も、サモンには、術式でがんじがらめになってもがくキメラにしか見えない。


 レイチェルは口をとがらせ、小鳥を戻した。

 二つ目は、真っ白な表紙の本だ。金の模様が入っているが、タイトルも著者名もない。


「これは? 意思があるものにだけ読める魔法の本」

「それ、私も持っているとも」

「あら、読めた?」

「間抜け。開いたら中に閉じ込められる、『封印の書』だろうが。そんなもん、読み物なんかに使えるか」


 サモンはレイチェルから視線をずらす。店の奥に見える僅かな光、サモンには馴染みのある光だ。

 サモンは目を見開く。ふつふつと湧き上がるそれを押さえ込んで、レイチェルに尋ねた。


「店の奥で、何をしてるんだい?」


 レイチェルは店の奥に目をやると、「あぁ、アレ?」と羽を千切られた妖精の泣く姿を、鼻で笑った。



「必要な素材をもらってるのよ。妖精の羽は色んなものに使えるから。あの子には新しい羽をあげるつもりよ」



 サモンはその時、ノックスに見せてもらった一枚の写真を思い出した。

 王都から森に帰った妖精の一人が、骨の羽を生やしていたという。無理やり縫い付けられた、痛ましい傷と骨の羽。間もなくして亡くなったという、サモンが愛すべき存在を、レイチェルは軽んじた。


「……随分な趣味だね」


 サモンは杖を握った。


「悪趣味で」


 水を掻き回すように振り、杖を高く振り上げた。


「卑劣で」


 風を起こすように杖を回し、動きを止める。


「反吐が出るよ」


 レイチェルはサモンの冷たい表情に、みるみるうちに青ざめていく。

 サモンはゆっくり杖を下ろす。胸の前に杖を立てて、凍るような目つきで、レイチェルを睨んだ。


「ただの呪具を扱ってんなら、私も興味無いし、見逃してあげようと思ってたんだけどねぇ。妖精をいたぶって、もてあそんでんなら、話は別だよ。お喜びなさい。アンタの為に、私が特別授業をしてあげよう」


 レイチェルはサモンに対抗し、杖を握る。

 ガラスの杖は、木の杖よりも強い。レイチェルはサモンより強い杖を向けて、威嚇した。



「妖精なんて、利便性を高めるただの道具でしょ! そんな事に怒るなんて、あなた人間じゃないわ!」



 レイチェルは勝ち目があると思っている。だが、言ってはいけない一言で、サモンから手加減してあげようなんて優しい心は消え去った。




「人間じゃない? ────褒め言葉さ」




 サモンが杖先を下に向けた瞬間、店を含めて半径三十メートルの全てが消し飛んだ。

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