第42話 王都に向かう道すがらの話

 バンシーのパブに一晩泊まり、レーガはベッドの上で欠伸をする。

 身支度を整えて、一階に降りると、リエルが朝ご飯を用意してくれていた。


「おはようございます」

「おはようさん。ご飯食べな」

「ありがとうございます」


 朝食の席には、まだ寝癖がついているロベルトと、ノックスと話をしながら朝食を囲むロゼッタがいた。


「おはよう。お前がレーガ君か? 俺はノックスだ。よく眠れたかい」

「はい」

「ここ座れよ」


 ノックスは自分の横の椅子を引く。

 リエルはレーガにバターをたっぷり塗ったトーストと、ベーコンエッグを出した。


「人間の適量はこのくらいなんだとよ。ノックスが言うにはさ」

「サモンがそのくらい食うんだから、子供も同じくらいだろ」

「あたしは店に来る野郎どもの量しか知らないよ」


 リエルはノックスの頭をぱしん、とはたいた。

 その拍子に、ノックスの首がポロリと落ちる。目の前にいたロゼッタは悲鳴を上げた。ロベルトはロゼッタの悲鳴に驚き、首のないノックスにトーストを詰まらせた。


 ノックスの体は転がっていった首を器用に探す。

 首を見つけると、髪を乱暴に掴んで元に戻した。


「酷いな。仕事じゃないのに」


 リエルとノックスは、何事も無かったかのようにそれぞれの用事を済ませる。レーガは口をパクパクさせた。


「え、首。なんで?」

「おや、サモンから聞いてないのか? 俺はデュラハンだぜ?」


 死の宣告をするバンシーに、死が近い者をあの世に連れていくデュラハン。

 昨日の夜、リエルは『妖精は族守』と言っていたが、他に死に携わる妖精が目の前にいるとも知るわけが無かった。


「パブを営む、死の妖精たち······ね」

「急性アル中には、優しい店だな」

「デュラハンの性質的にちょっと、笑えないかも」


 レーガたちは朝から心臓をうるさく鳴らして、朝食を済ませた。


 ***


 出発の時間になると、サモンがパブに戻ってきた。

 荷造りを済ませた三人に、サモンは「行くよ」と声をかける。


 リエルは子供たちに昼ご飯を持たせてやり、昨日の掃除の手伝い賃を渡して、サモンたちを見送った。

 サモンが街の中を歩いていると、ロゼッタは「昨夜はどこに?」とサモンに尋ねる。


 サモンが借りた部屋は三つだけ。それら全てを、三人に貸し与えてサモンは部屋を使わなかった。

 サモンは「外にいたよ」と返す。


「店の外のね、裏にでっかい木があるんだよ。その上で寝てた」

「酔ってたからですか? 寝るなら、ベッドの方が良いでしょう」

「昨日リエルの話を聞いたんなら知ってるだろうが、私は森育ちだ。森にベッドなんて大層なものは無いよ。木の上は慣れ親しんだ寝床だ。塔の中で眠るより、よっぽど安心出来る」


 サモンの答えに、ロゼッタは納得出来なかった。けれど、レーガは「分かるよ」と言った。


「僕も、粉引き小屋にいた時は、ずっと藁の上で寝てたんだ。柔らかいけどガサガサで、お腹にかける布もボロボロ。冬とかかなり寒くてさ、藁に体を埋めて寝たよ。だから学園に入学して、初めてベッドを使った時、柔らかすぎるし暖かすぎて、眠れなくて困っちゃった。今はすっかり慣れちゃったし、ベッドで眠るの気持ち良いけど。たまにね、藁の上で眠りたくなる」


 レーガの言葉にサモンは心の中で頷いた。

 学園に勤め始めた頃は、森の木の上で寝ていたが、エリスに怒られてから塔の中にベッドを置いて、そこで眠るようにした。

 けれど、木の上とベッドでは、硬さも幅も、何もかもが違って眠れなかった。


 サモンは今でも眠れなくて、寝不足気味がずっと続いている。時々こっそり、森の中で寝て調整しているが、それでも疲れまではとれなかった。


 ロゼッタは「そうなんだ」とようやく納得する。



「さぁ、これから馬車の旅になる。食料と水をしこたま買い込むよ」



 サモンは開いたばかりの朝市に踏み込んだ。

 初めて見る、活気のある市場に生徒たちの目は輝いていた。


 ***


 二週間にも及ぶ馬車の旅に、サモンは生徒たちが直すぐに音を上げると考えていた。

 けれど、サモンが思っていた以上に彼らはたくましく、食料を分けながら、夜中も交代で馬車の回りを見張ったり、座りっぱなしで尻が痛くなれば馬車を降りて、歩いて着いてきたりと、それぞれが考えながらサモンについて行く。


 馬車の操縦が三人にとって楽しかったのか、交代で手綱を握る。

 一人が操縦をしている間、サモンは残る二人に軽い授業をする。


 ロゼッタとレーガの時には、妖精学と魔法薬学を中心とした、魔法学科の授業を。

 レーガとロベルトの時には、魔法と剣を用いた戦闘時の立ち振る舞いと、戦略の立て方を。

 ロゼッタとロベルトの時には、体術の座学とすぐに使える武器代わりの講座を。


 手綱を握る生徒にも耳だけで分かるように、サモンは言葉を噛み砕き、詳しく説明して授業をする。


 揺れる馬車の中で、それぞれきちんとメモを取り、必要に応じて質問をする。サモンもそれにはぐらかすことも、「ちゃんとした授業で」と後回しにすることなく全て答えた。


「さて、そろそろ交代するよ」

「あ、ストレンジ先生。俺が代わります」

「アンタらで回しすぎ。そろそろ私が手綱を握るよ。子供だけの会話くらいなさい。大人の話ばかりじゃ、頭がカチンコチンになる」


 ***


 夜になると、星が空を飾り、月がサモンの行く道を照らす。

 後ろの方では、昼の簡易授業で疲れた子供たちが、毛布に包まって眠っていた。


 サモンは手綱を片手に握りながら、ゴブレットに水を満たす。

 星の光が映り込む水を飲んで、馬車の中にそれとなく目を向ける。


 夏とはいえ、夜の空気は冷えるものだ。体を小さくして寒さに耐える姿が、ダンゴムシの様で少し面白い。

 サモンは杖を軽く振って、馬車の空気を少し温めてやった。

 丸くなっていた彼らは、寝返りを打ったり、軽く伸びをしたりして、足を伸ばす。


 子供らしく、穏やかな寝顔に、サモンはつい笑みをこぼす。


(ゆっくり眠れるのは良い事だ)



 ──人嫌いが、子供にほだされるのは良い事か?



 今だ引きずるトラウマが、サモンの後ろからささやいた。

 サモンは前を向いた。


「人間にやるチャンスはもう無いよ」


 冷たい声で、呟いた。暗闇に溶かした毒は、サモンの胸をむしばんでいく。

 吹雪の山にいるかのような、辛い孤独感はサモンに忍び寄って、体の自由を奪う。サモンのこぼれそうな涙は、胸の奥の寒さは、不自然に吹いた風によってかき消された。

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