第40話 泣き女の宿 2

 店の厨房に入ると、屈強な男たちがサモンを睨む。

 一人が血の滴る出刃包丁を握って近づいてきた。サモンは「あらまぁ」なんて、場に似合わない事を言う。


「ノックスに会いに来たんだよ。退いておくれ」


 男はサモンを睨み下ろす。サモンは段々と首が痛くなってきた。



「ちょっとやだぁ! サモンちゃん、来るなら来るって言ってよぉ!!」



 包丁を握る男は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

 くねくねと体を捻り、「お化粧もしてない!」と顔を隠す。


「ねーぇ、誰かサモンちゃん来るって知ってたぁ!?」

「知らないわ」

「アタシも知らなーい」


 男たちは女性のような言葉で話し始める。

 サモンは面倒な事になる前に、「ノックス!」と男たちを遮る。


「んもうっ! 相変わらずつれないわ〜」

「そこがいんじゃないの〜」

「外の小屋にいるわよ」

「ありがとうよ。レディーたち」


 エイルのようなことを言ってしまったが、男たちが気にするはずもない。彼らは黄色く、野太い声でサモンを見送った。


 厨房を通っただけなのにどっと疲れた。

 もうこのまま水を浴びて寝たい。そう考えていると、小屋の前で男がククッと笑った。黒い服装で、鈍く光る金髪が目立つ。彼がノックスだ。


「あいつら騒がしいだろ。大変だな色男」

「いっつも一緒にいる君に、そのままお返ししよう」

「話に来たんだろ」

「そうだとも」


 ノックスはサモンを小屋に招き入れた。

 丁度外に出てきた男に「酒蔵の鍵開けとけ」と指示を出す。


 ***


 小屋の中で、サモンは次々と酒を飲み干していく。

 ワインにビール、カルーアミルクは二杯でやめた。ペース調整にサワー類を飲んで、この辺りでは珍しい焼酎にも手をつける。


 サモンの酒豪も驚く飲みっぷりに、ノックスは「あいっ変わらずだなぁ」と苦笑いした。


「きいてるのかい!?」

「あぁ、聞いてる聞いてる」

「それでさぁ、あの三人が私にスマホの使い方を教えてくるんだけどぉ。ロゼッタに「『タップ』も『スワイプ』も分かんないんですか」って言われてぇ。はぁ〜〜〜〜?って」

「はいはいはい。タップとスワイプな」

「こちとら二十年森で育ってさぁ、外に出てまだ三年目よ!? それでスマホなんて無駄に知性がついただけの猿のオモチャ渡されたってさぁ! 使えるかってんだよぉぉぉ!」


 サモンは空になったワインボトルをテーブルに叩きつける。

 お代わりを聞きに来た男に、サモンは指を立てた。


「テキーラショット」

「じゃ、なくて、水持ってきて」

「焼酎原液で」

「水くれる? 水」

「あーやっぱり梅酒」

「ソーダ割りで良いか?」

「ロックでお寄越しなさい。ウイスキーもね!」

「水とさぁ、空の瓶二本持ってきて。頭殴って寝かすわ」


 べろんべろんに酔ってるサモンと一滴も飲まずに冷静なノックスに男は困惑する。


「テキーラ!」

「水持って来いって! 酔っ払いの言うことにマジになんな!」


 ノックスに怒鳴られ、男は急いで水を持ってくる。

 サモンは不満げに水を半分ほど飲むと、いつ隠していたのか、焼酎を足して飲み始めた。

 ノックスはため息をついてサモンから酒を取り上げる。


「おい愚痴りに来たんじゃないだろ。話聞きに来たんだろ!?」

「そうよぉ。お店の話きかて」


 まともに口も回らなくなったサモンに、ノックスは「本当にお前って奴は」と頭を抱える。

 サモンは引き寄せの呪文で焼酎を取り返した。


 ノックスはサモンの様子に呆れながら、上半身を前に倒して話し始めた。


「······サモンのいる所が被害に遭った、【レイチェル・ワークス】の製品だが、あれは魔術による物だ。そもそも、その店は二年前に出来たんだが、王都の商売許可を取ってない」

「いーはんばい?」

「なんて? ······あぁ、違法販売な。商売法違反の店だ。店を潰しに行くのか? 潰すんなら」



「知ってるとも。商売管理局への申請、のち調査。違法性が認められた後に長い期間をかけて裁判をして、営業禁止令が出てようやく店が潰れる」



 さっきまで呂律も回っていなかったサモンが、突然饒舌じょうぜつになる。ふわふわと緩んでいた顔も引き締まり、ゆらゆらと揺れていた上体も真っ直ぐになる。

 本当に浴びるほど酒の飲んでいたのか、目の前で見ていたのに疑わしくなるノックスに、サモンは空のグラスを置いた。


「店を合法的に潰すんなら、だいぶ時間がかかるがね。でもさっさと事情聴取して片付けるなら、もっと手っ取り早い」

「何をする気だ」

「──『店主失踪』。これが簡単で楽ちんな事だろうよ。店主の居ない店は、店とは言えないからさ」


 サモンの大胆な発言に、ノックスも乾いた笑い声を零す。

 サモンはまたワインのボトルを頼むと、ノックスにグラスを押し付けた。


「教えておくれよ。店主の情報、アンタなら持ってんだろ?」


 ノックスは目の前にドボドボと注がれる赤ワインに、自分の苦笑いを映す。


「本当にお前って奴は」


 オシャレとは程遠い、グラスの触れ合う音がした。

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