第39話 泣き女の宿
月が高く登る頃に、隣街に着いたサモン一行。
スマホ指導でヘトヘトな三人を連れて、サモンは賑わう夜の街を突き進む。
「よぉ嬢ちゃん! 一緒に呑まない?」
「うっ、お酒臭い……」
「ロゼッタ、こっちに」
「ありがとうレーガ」
「よう兄ちゃん! いい剣持ってんじゃねぇか。この宝石と取り替えようぜ」
「悪いが、剣を交換するのは騎士の精神に反する」
「がははは! 騎士の精神だとよ! ガキンチョのくせにいっちょ前に言うじゃねえか!」
「何だと……っ!」
「お止めなさい」
街に来て早々絡まれる生徒に、サモンはため息をつく。
絡んできた男たちを人睨みすれば、男たちは途端に大人しくなって、そそくさと逃げ出した。
サモンはまた、ため息をついた。
「アンタたち、トラブル起こさないと死ぬ病気にでも掛かってんのかい」
「今のはあっちが悪いんじゃないですか!」
噛み付くロゼッタを「はいはい」とあしらって、サモンはパブに向かう。
ロゼッタは「未成年居るんですよ!」とサモンを止めるが、サモンは「はいはい」と言いながら、三人をパブに押し込んだ。
酔っ払いたちで賑わうパブに入ると、女がサモンたちに向かってくる。
「悪いねぇ。今満席なんだ。十分くらい待ってくんな」
「おや、二階も埋まってるのかい?」
サモンがそう言うと、女は表情を明るくしサモンに抱きついた。
「サーモーンー! なんだよ、あんたならそう言っとくれ!」
「リエル。久しぶり。三部屋借りれるかい?」
「もちろんさ! 準備しとくからゆっくりしてくんな。夕飯食ってきた?」
「食べてない。何か軽いものある?」
「軽いのも重いのもあるとも!」
リエルと呼ばれた女は、チラとサモンの後ろで不安そうに固まる三人を見る。そして、サモンに「アンタ珍しいモン連れてんね?」と言った。サモンは不本意ながら、と頷いた。
「学園の生徒サンは、アレルギーとか苦手なものはあんのかい?」
「ありません」
「私も無いです」
「ぼ、ボクも」
「あっそう。じゃあ、特大ソーセージと、牛肉のミートパイにしよう。サモンはあんまりお肉食べないんだっけ」
「そうだねぇ。私はフィッシュアンドチップスとサラダで」
「はいはい。あ、今奥の席空いたわ。そこ座ってくんな。すぐに持っていくからさ!」
リエルはくい、と奥の席を示す。
サモンは酔っ払いを避けてその席に向かった。
レーガ達もサモンの後ろをピッタリとくっついていく。
席に着くと、レーガはソワソワしながらカウンターに立つリエルを見る。
「知り合いですか?」
「あぁ。昔からのね」
「ストレンジ先生に人間の旧友がいるんですね。しかもあんなに綺麗な」
「ロゼッタ、失礼なことを言うんじゃないよ。あと彼女はバンシーだ。人間じゃない」
ロゼッタとレーガはびっくりしてリエルを見る。
ロベルトは人型の妖精なんているのか信じられないようだった。
「バンシーって、あの死を教える妖精ですよね?」
「あぁ。ロベルトの死を教えに来たバンシーの知り合いさ」
「えっ、ロベルト死んだの!?」
「今生きてんのが見えないのか、レーガ君よぉ」
リエルの言う通り、夕飯はすぐに運ばれてきた。
だが、思っていたよりも量が多く、ミートパイは一人分で三人前くらいある。それが三人分きちんと運ばれてきたのだから、到底食べ切れる量では無い。
ソーセージだって、ロゼッタの首と同じ太さで、肉汁だけで胃もたれしそうだ。
「サービスだよ〜」
「い、いえ。サービスしなくて結構です」
「あんらぁ、そう遠慮なさんな。はい、サモンの分」
「ありがとう」
サモンの前に並ぶ料理は、三人の量よりとても少ない。いや、三人前分と正しい一人前の量だから、そう見えるのだろう。
けれど、リエルは「ちゃんと食べな?」とサモンの肩を叩く。
サモンはリエルを軽くあしらって追い払った。
料理に手をつけると、サモンは軽く咳払いをした。
「……食べ切れなかったら、残したっていいんだからね。ここは肉体労働をする男たちの通うパブだから、量も通常より多い。食べ切れないのが普通だよ」
「でも、出された食事を残すのは……」
「吐いて皿に戻されるよりいい」
サモンはロゼッタを止めると、ポテトをかじる。
レーガもミートパイにフォークを突き立てた。
サクサクのパイ生地に、肉のしっとりとした食感が心地よい。しっかりと下味をつけた牛肉のほのかな甘みと、旨味が喉を伝っていく。
噛む度に頬が落ちそうな美味しさに、レーガは「ん〜〜〜!」と感嘆を漏らした。
ソーセージも、切ると肉汁が断面を流れ、芳しい香りが鼻孔を突く。
プリプリとした歯ごたえと、口の中で溢れる肉汁が体に染み渡っていく。黒胡椒が良いアクセントとなって、重すぎない味となっていた。
「うっま!」
「結構イけるわ。かなり重いかと思ってた」
「ロベルト、ロゼッタ! この大葉とソーセージ、一緒に食べるとすごくサッパリして良いよ!」
「マジか! やってみる」
「あ、ホントだ。かなりスッキリする」
三人が食事に夢中になっていると、サモンの肩にリエルの手が置かれた。
「いい子たちだね」
「…………さぁね」
サモンは知らん振りをするが、リエルはクスッと笑う。
サモンは食事を三分の一残すと、「ノックスは」と席を立った。
リエルは店の奥を指さすと、サモンはその方向に進んでいく。
リエルは残った料理に目を落とした。
「……前より減ったか?」
前まで残さなかった魚のフライが、二切れ残っていた。
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