第38話 珍道中

 学園の門まで来ると、サモンは指紋認証と暗証番号を手早く打ち込む。

 いつもならそれで終わりなのだが、今回からセキュリティーシステムが変わったのか、網膜認証が加わっていた。


「登録してないけど、通れるのかな」


 サモンがパネルに顔を近づけると、カシャ! とカメラのシャッター音が聞こえ、ピコピコと機械の中で何かが鳴り続ける。


『教員登録番号No.0110369 サモン・ストレンジ。登録完了。認証異常なしオールクリア


 人工音声が流れ、サモンは「仕事早いな」と感心する。

 三人も次々に認証を済ませた。


『生徒登録番号No.0210410 レーガ・アレスト』


『生徒登録番号No.0211217 ロゼッタ・セレナティエ』


『生徒登録番号No.0220705 ロベルト・アーキマン』




『登録完了。認証異常なしオールクリア




 認証が終わると、門が自動で開く。

 四人が外に出ると、門が閉じる。本当、便利になったものだ。


 林道を歩きながら、サモンは欠伸をする。

 学園から王都までの道は、二週間かかる。二時間かけて歩いて東の街に向かい、宿屋で一晩泊まる。その後からは馬車の旅だが、三人はついて来れるのだろうか。

 慣れない旅に、途中で音を上げるのは目に見えている。外泊なんてした事があるのだろうか。



「あ、外泊届」



 サモンは思い出した。

 サモンの塔からずっと一緒にいた三人に、外泊届を書く時間なんて無かった。


「外泊届を書いてなかったねぇ。書きに戻った方がいいんじゃない?」


 サモンは丁度いい理由を見つけて内心浮き足立っていた。

 生徒のお守りをしなくていいし、一人で自由に行動が出来る。

 だが、ロゼッタは一つの端末をサモンに見せた。



「スマホで申請出来るので大丈夫です」



 レーガもロベルトも、同じ端末をサモンに見せた。

 画面には外泊申請書があり、既に『許可済』の赤いスタンプが押されている。


「本当、便利になったもんだよ」


 サモンがあからさまにガッカリすると、ロゼッタはムッとする。

 レーガはスマホをしまうと「先生は申請しました?」と聞く。

 サモンは「してない」と素っ気なく返した。


 学園では教員、生徒関係なくスマホが支給される。無論、サモンにも支給されたが、なんせ学園に来るまでずっと森で暮らしていたサモンに、スマホなんて高性能な機械を扱えるはずもなく、三年間放ったらかしにしているのだ。


 申請アプリどころか、電話もチャットも、使ったことなんてない。

 写真やネットなんてサモンには縁遠いもの過ぎた。ホーム画面だって、初期設定のまま。


「ストレンジ先生、教員でも外泊申請必要なんじゃありませんか?」

「必要だよ。でも私は一度も申請したことが無い」

「えっ! それじゃあ、学園長怒るんじゃないですか?!」

「いつも怒ってるから気にしたことないねぇ」


 ロゼッタもレーガもドン引きで、「ありえない」と零す。

 ロベルトはサモンに「端末お借りしても?」と言う。


「何をするんだい?」

「代わりに申請を」

「……良いだろう」

「お借りします。……うっわ! アプリ何も無い!」

「えっ、見せて! わぁ本当だ! ホームまっさら! ロゼッタ見てよ!」

「カメラアプリも無いの? 申請アプリと連絡帳しかないわ」

「ストレンジ先生スマホ使ったことありますか?」

「ないよ! うるさいな。人の端末にあれこれ言うんじゃない!」


 三人でスマホを操作して、サモンの申請書を送信する。

 サモンにスマホを返すと、サモンのスマホに着信が鳴る。

 今まで一度も鳴ったことの無いスマホに、サモンは驚いて手を滑らせた。


「えっ、うわっ! ……っと、とと。えっ、えっ!? 何だいこれ! え、何何何何!?」

「電話! サモン先生電話です!」

「でんわ!?」

「スマホのこの緑のを」

「緑の!?」

「あぁ、もう! 貸して!」


 ロゼッタがスマホをひったくると、緑の受話器のマークを右にスライドする。それをサモンに返すと、自分の端末で耳に当ててみせる。

 サモンはそれに倣うようにスマホを耳に当てた。


『ストレンジ先生、エリスです』

「え、あぁ、学園長。すごいなぁ、遠くにいるのに声が聞こえる」

『……私より時代に疎くありませんか? いえ、珍しく申請書が来たので、連絡を』

「あぁ、レーガ達が申請を。そんな事で『でんわ』をするのかい?」

『いえ、本当に珍しかったので。頭でも打ったのかと』


「ロゼッタ、でんわを終わらせるのはどうすれば?」

「赤いマークをタップするんです」

「……たっぷ?」

『ちょっと! 勝手に切ろうと──』


 ロベルトが赤い受話器のマークをトンと押した。

 エリスの声は途絶え、初期設定のホーム画面に戻る。

 ロベルトは「一回ポンです」と説明をする。


「……分からん」

「そのうち慣れますよ」


 隣街に着くまで、ロゼッタとレーガとロベルトのスマホ講座が始まる。

 サモンは操作を教わりながら、頭をガシガシと掻いた。


「分からん!」

「だから教えてるんでしょ!」

「サモン先生大丈夫です! 使えるようになりますから!」

「違っ、設定から変えるんです。その歯車のマーク!」

「だぁぁぁもう! こんなもの使えなくたって生きていけるんだよ!」


 スマホ一つでぎゃあぎゃあと騒ぐ、教員と三人の生徒。

 隣街に着いたのは、夜がだいぶ更けてからだった。

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