第37話 想定外は常に隣にいる

 シュリュッセルとクラーウィスの調査により、アガレットが泥人形マドゥドールを買った店の特定が出来た。

 それは聞いたことも無い店名で、二〜三年前に出来たばかりらしい。





「ストレンジ先生に、お店の方に調査をお願いしたいのですが」


 学園長室で、エリスは静かにサモンにお願いする。

 サモンは「お断りしよう」と拒否の姿勢をとる。


「学園がおびやかされました。この手の調査は門番の双子や、他の先生にお任せするより、あなたの方が適しています」

「だからって、アンタが言えば私が従うと?」


 サモンはエリスに強めの態度を見せた。

 エリスは唇をキュッと結ぶ。



 そもそもサモンが学園に赴任する際、エリスと交した契約は、




 1.妖精学の授業を受け持ち、生徒に良質な知識を与えること。


 2.サモンの住居は森の塔とし、必要な物資に関しては、月に一金貨までは勤務補償とする。


 3.生徒の身の安全を最優先とし、生徒が危険に晒された場合には人命救助の義務が発生する。




 大まかにはこの三つだけだ。サモンはこの契約外の事は一切しない、とエリスに言ってあるし、エリスも了承した。


 けれど、今まで他の先生に回していたから、顔が割れてしまっているのだ。

 エリスでも、今回ばかりは困っていた。自分が赴くのは見た目でバレてしまう。かといって、既に顔が知られている教員を向かわせて、満足に調査が出来るはずもない。


 ······特にクロエやルルシェルクは、すぐに手が出るタイプだ。暴れられて、また多額の弁償金を支払うのは懐が痛い。


「これは契約外の依頼ですから、特別手当を出します。やり方にも口を出しませんし、死者が出ない範囲なら私が責任を持ちましょう」

「金に釣られると思われているのは心外だねぇ。私は面倒事は大嫌いだ。それに、いくら学園長がエルフだったとしても、私はアンタの全ての指示に従うわけじゃない」


 妖精が好き、と言ってもサモンが従うのは『お願い』のみであり、『命令』では無い。

 あくまで選択肢のあることにサモンは踏み込むが、今回のはほとんど強制。


 エリスはサモンに断られたら困る。

 サモンは命令を拒絶する。


 押し問答の状態で、エリスは頭を抱えた。

 クロエやマリアレッタは、どうやってサモンを振り回せたのか、不思議でならなかった。


「ホムンクルスの件は、クレイジー······じゃ、なかった」

「いや、ある意味大正解だよ」

「クレイジ先生から詳細な報告を聞きました。解剖結果とその感想······感想の方が長かったですけど」

「あの間抜けはそういう奴だ。同じ医者でも匙を投げるよ」

「店の調査だけ、お願い出来ませんか。後のことはクレイジ先生にお任せします。これが妥協点です」


 エイルの名前が出てきたことで、サモンはようやく「良いだろう」と言った。


「条件がある。さっきとほぼ同じだけれど。一つ目、やり方は私に全部任せること」

「ええ、もちろんです」

「二つ目は、私が何をしでかそうと、決して怒らず、罰を与えることも無しで」

「はい。外でのことは咎めません。それが、あなたとのルールです」




「三つ目は、決してエイルを後片付けに回さないこと」

「良いですよ。······ん?」




 サモンの提示する条件に、エリスはつい聞き返した。

 サモンはエリスに「あいつのこと知らないだろう」と、ため息をついた。



「エイルは神父である前に医者、医者である前に死体が好きだ。そして、重傷者にものすごく興奮する。やめた方がいい。あいつに『死』は程遠い。だから他人の不幸に快楽を覚える」



 エリスはその言葉にゾッとした。気がついたら死体が増えているなんてことは、絶対に避けたいと思った。

 エリスは「分かりました」と条件を飲み込む。



「ふぁ〜······ぁ。さて、テストも終わったし、あと二週間で夏休みが来る。選択授業は次の学期まで無いし、しばらくのんびりしようかねぇ」

「ちょっと、まさか夏休みに入ってから調査をするつもりですか!?」

「問題が起こってすぐは、相手も警戒してるに決まってる。しっぺ返しは油断してる時にするもんだよ。······えげつなく、ね」



 サモンは爽やかに笑うと、学園長室を出た。


 ***


 ──まさか、その事件で夏休みが早まるなんて。


 サモンの塔に集まったレーガ、ロゼッタ、ロベルトの三人からその話を聞いて、サモンは項垂れる。

 ロゼッタは妖精学の本を読み、レーガはハーブティーを淹れて、ロベルトはモップで床掃除をする。


「また会議の知らせが来なかったんですか?」

「仲間外れにするなんて、アガレット先生見損なったわ」

「そろそろアガレットのケツに火をつけてやろう。いや、屁が止まらなくなる魔法薬があったな。お茶に混ぜてやる」

「ストレンジ先生。不躾ながら、何故それをお持ちなのかお聞きしたいです」


 サモンはため息をついて、杖を振る。「おいで」と言えば、上の部屋から魔法薬がふわふわと降りてきて、ローブのポケットに収まる。

 レーガはそれを見て、「出かけるの?」と尋ねた。


「そうだよ。さぁ皆、早く寮にお戻りなさい。私は忙しいんだから」

「どこに行くんですか?」

「野暮用があるんだ」

「僕も行きます!」

「帰れって今言ったばかりなんだけど」

「ホムンクルスの件でしょ?」

「知らないねぇ」

「僕も関わったんだし」

「知らないってば」

「僕も調査のお手伝いしたいんです!」

「しーらーなーいー」


 レーガの食いつきに、サモンは振り回される。

 ロゼッタに「何とかなさい」と視線で訴えかけたが、ロゼッタも『調査』に目を光らせている。

 レーガの扱いに慣れていそうなロベルトに助けを求めても、ロベルトは「護衛はお任せ下さい!」と見当違いな答えが帰ってくる。


「えーズルい! ロベルトは良いのに!」

「違うよ間抜け! 連れてかないからね!」

「『引率中の教師』なら、調査でもバレないんじゃありませんか?」

「連れてかないってば。危ないの分かってる!?」

「ロゼッタもそう言ってますし、ほら、僕ら魔法使えますから!」

「俺は魔法使えませんが、物理攻撃なら強いです!」

「この間抜け共! 連れてかないってば!」


 レーガ一人でもうるさいのに、三人がかりの『連れてけ』コールは中々大変だ。

 サモンは全力で抵抗したが、危険さを懇切丁寧に説明しても引かない三人に、頭が痛くなる。

 少し考えたロゼッタがサモンに言った。


「先生、人間嫌いですよね」

「あぁもちろんさ」

「なら、私たちに怖い思いをさせて、近づかないようにした方が、先生にとってはいい事じゃありません?」


 ロゼッタの意見に、サモンは「そうだけどさ」と言った。言ってしまったのが、運の尽きだった。




「じゃあ連れて行った方がよくありませんか?」




 サモンが頷くしかないセリフに、ついに根負けする。

 三人はそれぞれハイタッチした。サモンは頭を掻きながら、「ちくしょう」と悪態をつく。


「良いかい、絶対に私の指示に従うこと。外は学園と違って、守ってくれる人はいないし、戦闘になったって平気で殺しに来るからね。魔法が当たったら、剣が当たったら負けじゃない。私は、必要最低限しか手を出さないよ」


 元気よく返事をした三人を連れて、サモンは塔を出た。

 レーガ、ロゼッタ、ロベルトの三人は、サモンが言った以上に外が危険なことをまだ知らない。

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