第36話 ホムンクルス解体

 森の奥深く。誰も辿り着けないような先へ、サモンは足を進めていく。

 ホムンクルスの解剖は、エリスに言われなくともやるつもりだった。だからサモンは森へと運んだのだが、それがまさか失敗だったとは思わなかった。


 足を進める度に聞こえる、肉をかき混ぜるような音。

 息をする度に、あの血なまぐさい風が肺へと入り込む。

 聞こえるため息が、自分とは違う意味を持つ。


 自分が隠したホムンクルスの肉塊を、先に解体するのは黒衣の男。



「っあ〜〜〜〜〜」



 快楽に浸りきっている彼の手にはメスが握られ、足元にはノコギリやら鉱山夫御用達のドリルやらが転がっている。


「新雪のように白い肌、無臭の肉、なのにハッキリとした血の臭い······最っ高の検体レディに出会ってしまった! この先また出会うことなんて無いだろう。あぁ神よ。今日という日に感謝します。先の試練は、私にこのような恵みを与えたもうた! まだほんのりと温もりを持つ検体レディに、私は恋に落ちそうだ」



「そのまま地獄に落ちればいいよ。このど腐れ野郎。私の獲物に手を出したな」



 サモンは男の背中を蹴り付ける。男は「あぁ!」と痛みすら喜び、ようやくサモンに気がついた。


「ああ、サモン。お久しぶり。乃公オレに何の御用かな?」

「用があるのはアンタが掻き回してるその肉だよ」

「肉なんて言うな! 検体レディに失礼だぞ!」

「アンタの方が失礼だろうよ。ちくしょう、見つからないようにここまで運んだというのに」

乃公オレに隠れてイイコトしようって?」


 耳の至る所にピアスを空け、赤い髪をオールバックにした保健室医のエイル・クレイジは、意味深な言い回しをする。普通の人ならその気持ち悪さに、つい足が出るところだろう。

 だがサモンは「解体がイイコト?」とわざと聞き返した。

 エイルはそれに、「もちろん!」と返す。


「人体というのは、科学で解明できない神秘の権化! 血はどこから来るのか、心臓はどうして動くのか、目に見えない小さな細胞の塊であるこの体、一度きりの人生では知り尽くすことなど夢のまた夢!」

「自分の体を切り刻んでお調べなさい。アンタ、医者じゃなくて詩人が向いてそうだねぇ」


 サモンはエイルを押しのけて、ぐちゃぐちゃになった、本当にホムンクルスだったのかさえ怪しいそれの前にしゃがむ。


 サモンは肉をひとつまみ掴んで、手の平の上で転がした。

 匂いを嗅ぎ、血の色を見て、ため息をついた。

 エイルはサモンの隣にしゃがむと、解体の結果を話す。


「まずは結論から。ホムンクルスで間違いない」

「······そのようだね。人じゃない血の臭いと、今も体温が残ってるところから、馬と同じだけの温度で育ててる」

「気になる点は二つ。ひとつは、錬成があまりにもお粗末なところ。サモンなら分かるだろうが、精液の匂いに土の匂いが混ざっている」

「アガレットは泥人形マドゥドールを仕入れたと言っていた。もしかして、泥人形マドゥドールを作るのに、ホムンクルスの錬成法を使った? 間抜けどもめ」


 サモンが悪態をつくと、エイルは笑って「全部言葉に出てるぞ」と言った。


「で、気になる点の二つ目は?」

「核に赤子の魂が入ってたことだな」


 ──赤子の、魂!?


「魔術じゃないか!」

「そう。。まともな錬成じゃないんだから」

「でも出来た。魂をつなぎに使ったから?」

「······サモンは、人間の事すら道具のように言うなぁ」

「エイルに言われたくないよ」

「でもその通りだ。辛かったろうなぁ。魂を使っての錬成は、失敗すればとんでもない代物しろものになる。人間でいえば、全身を八つ裂きにされて治ってを、永遠に繰り返すような痛みだ」


 だから、グラウンドでホムンクルスは大暴れしたのか。

 痛みに耐えられず、助けを求めて。


 サモンが眉間にシワを寄せると、エイルは笑ってサモンの肩を抱く。

 大丈夫だ、と笑う彼の笑顔は昔から変わらない。


乃公オレが鎮魂したんだぞ? ちゃんとあの世に還ったさ。ここにあるのは、無理やり詰め込まれた肉の体だけ。な?」


 今こそ学園の医務室にこもっているエイルだが、学園に勤める前······いや、今も本職は教会の神父なのだ。頭はとち狂っているが、そういう物事には、きちんと向き合う良い奴だ。


 サモンはエイルに背中をさすられて、こくんと頷いた。


「············ん。そうだね。じゃ、その件の報告は任せたよ」

「はぁ! 乃公オレが!?」

「当たり前だろう。私の楽しみを奪ったんだから。アンタが報告する責任があると思うけど? ほら、さっさとお行きなさい」


 サモンはエイルをさっさと森から追い出した。

 エイルはまだ納得がいかないようで、サモンにゴネて、ゴネて、ゴネまくったが、「うるさい」の一言に撃沈した。


「せめてキスさせて!」

「気色悪い。さっさと報告に行け。死体好きめ」


 サモンは無理やりエイルを追い出して、ホムンクルスの残骸を見下ろす。

 試験管にホムンクルスの一部を採り、調査記録用に日付と時間、内容物を書いたテープを貼る。


 サモンはうんと背伸びをすると、近くの木に話しかけた。


「······イチヨウ。私に新しい杖を作ってくれないか。君の贈り物を折ってすまない」


 サモンがそう言うと、後頭部にスコーン! と細長い何かがぶつかった。サモンは振り返り、地面に落ちたそれを見ると、今まで使っていた杖と、何ら変わりない物が足元に転がっていた。


 ······持ち癖も、使い続けてつちかわれた色馴染みも、全部残っている。

 サモンは杖の先まで、指を這わせて感嘆をこぼす。


「精霊の魔法は豪胆で、型破りなものだが、ここまでとは思わなかったや」


 木の杖は、魔法使いでも職人でも直せない。けれど、木の精霊にそんな事は関係ない。

 折れたなら、新しい枝を伸ばせばいい。そんな大胆さを感じる。


 サモンは杖を振り上げ、呪文を詠唱する。



「眠れる大地の歌 忘れ去られし涙の跡

 この世に生きる全ての生命よ 母の御胸みむねに還れ」



 土はボコボコと浮き上がり、ホムンクルスの残骸を包んでいく。

 サモンは祈るように目を閉じて、杖をゆっくりと下げる。



「土の精霊──『魂の揺りかご』」



 サモンが杖をピタと止めると、ホムンクルスは土に埋もれた。

 そして、暴れることもなく、静かに眠る。


 サモンは、慈しむようにそれが眠る土に手を置いた。

 そして、興味を無くしたように、森を去る。

 振り帰ることなく森を出ていくサモンを、二人の精霊が見守っていた。


「······懐かしいわね。サモンが小さい時、よく眠れなくてグズっていたわ」

「そうですね。よく私が、子守唄を歌ったものです」

「サモンは、優しい子だから。きっと共感したのね」


 木の上に座るイチヨウと、木の影に立つ茶髪の精霊。

 イチヨウは、ちらりと彼の方を見る。精霊は、指のささくれを気にしていた。精霊は、サモンの姿が見えなくなってから、ホムンクルスの眠る土に手を重ねた。



「······私の御胸みむねで眠りなさい。男の乳房で悪いですけど」



 精霊は、ホムンクルスに祈りを捧げた。

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