第35話 ホムンクルス会議

 グラウンドの騒動で、生徒たちを寮に帰し、教員たちで緊急会議が行われた。


 会議室では、エリスが手を組んで座り、魔法学科の教員たちが神妙な顔でエリスを見やる。


「······今回のグラウンドにおける、ホムンクルス騒動の件。私の判断の遅さと、指示の曖昧あいまいさが事を大きくしました。その事についてまず、私から謝罪をします」


 エリスが深く頭を下げると、クロエが「気にしぃさんな」と耳を伏せた。


「あんなん、学園長がどうこう出来るもんやあらしまへんやろぉ」

「そうですわ。学園長の防御魔法があったからこそ、被害は抑えられました。学園長が謝る事はありませんわ」


 マリアレッタが援護すると、アガレットはこそっと鼻で笑った。

 クロエがそれを見逃すはずも無く、「何やねん」と即座に威嚇する。


「今あんた、笑ったやろ。あの場で一番役立たずやったあんたが、笑う資格あるんか」

「そもそもその場にいなかったディヴァイン先生が、口を出せるとでも?」

「プライドばかり高くて大したことない半端もんが、偉いイキってはりますけど。自分今いくつなんか言うてみぃや」


 会議初っ端から喧嘩しそうな雰囲気に、遅れてやってきたサモンは「うげぇ」と舌を出す。

 会議室のドアに寄りかかり、退屈そうに腕を組んだ。


「あのさぁ、今話すべきは、ホムンクルスの出現に関する、あれやこれでしょ? 喧嘩するための場所じゃないんだから、カリカリするのはおやめなさい」


 クロエは大層不満そうに小指の爪を噛む。アガレットは「遅れてやってきた分際で」と文句を言う。


「サモン先生、緊急会議に遅刻か?」


 ルルシェルクが咎めるようにサモンに尋ねた。サモンは欠伸をして、「仕方ないだろう」と言った。


「どっかの誰かさんが、また私を会議に呼ぶのを忘れたらしくてね。私を呼びに来る先生変えてくれないかい? アガレットは杖を折られた腹いせが長すぎる」


 サモンはチラとアガレットを見ると、アガレットは目線を合わせるのも嫌なのか、知らんぷりを決め込んでいた。

 エリスが席を用意しようとするが、サモンは片手でそれを制止する。


「······ホムンクルスはいつ、どこから入ってきたんですか」


 エリスは会議を続ける。エリスの魔法をもってすれば、学園内の全てを見て記録することが出来る。それを再生することだって容易い。だが、あえてそれをしないのは、エルフとしてではなく、学園長として話を聞きたいのだろう。

 アガレットは背筋を伸ばす。


「あれは、三学年の戦闘魔法の仮想敵エネミーとして、学園外に発注した泥人形マドゥドールです」

泥人形マドゥドール?」

「はい。泥人形マドゥドールにある程度の攻撃タイプを仕込み、生徒に実際に戦わせる為のものでした」

「ノーマ先生、泥人形マドゥドールがあのように変化する事はあるのですか?」


 エリスが尋ねると、マリアレッタはものすごく難しい顔をして、「いいえ」と答えた。


泥人形マドゥドールとホムンクルスは全く違うものですわ。あのように凶暴になることも、体そのものが変化することも、決して有り得ません」

「そうですか。アガレット先生、その泥人形マドゥドールの発注先をあとで私に報告を。門番······フェリュックツヴェリングに調査させましょう」


 門番の双子の苗字を噛まずに言えるなんて······。

 サモンは会議とは全く違う所に感心した。


(私なら、あの双子の苗字だけは絶対避けるね)


 指のささくれを剥きながら、サモンは欠伸をする。

「ホムンクルスの調査ですが」と、いつの間にか進行している話に、サモンは顔を上げた。


「生態が未知数ですので、扱える人は限られています。錬金術に長けている······いや、ホムンクルスの事はストレンジ先生にお任せてします」

「はぁ〜〜〜〜?」


 突然の名指しに、サモンは性格の悪い返事をする。エリスは片眉を上げた。

 サモンはキュッと眉間にシワを寄せて駄々をこねる。


「マリアレッタ先生なら確かな扱いをするだろう。魔法を受け付けない強度や、あの凶暴性、マリアレッタ先生が解剖かいぼうすれば、厳密に言えばコレ、と言えるかもしれないねぇ」

「ですが、マリアレッタ先生には、女子寮で生徒の心身のケアの仕事があります。ルルシェルク先生の担当は魔法薬学であって、錬金術ではありませんし」

「私だって担当は妖精学さ! 専門外の事を言われたって、私に手を足も出ないやい!」


 やだやだと文句を言うサモンに、エリスは頭を抱えた。

 山積みの学園の問題に加え、サモンの問題行動でさぞやストレスが溜まっていることだろう。

 エリスは仕方なく「サモン、いい加減にしてください」と、静かな怒りを帯びる。



「これは、からのです」



 エリスがそう言うと、サモンはピタと動きを止める。

 そして、ものすごく、ものすごく不満そうだが、渋々「······良いだろう」と了承した。


 サモンに対しては、「学園長命令」なんかより、「妖精のお願い」の方がすこぶる強い。

 無関心なサモンに、学園の事、教員としての使命や義務なんてものを、懇々こんこんと説明したところで馬耳東風だ。

 アリの行列と同じつまらないものなのだ。


 ならば、サモンが断れない妖精を引き合いに出して、無理やり言う通りにさせた方がいい。


「じゃあ、私はホムンクルスもどきの調査解明に勤しむとしよう」

「ストレンジ先生、会議はまだ······!」

「さっさと仕事した方が、さっさと済むでしょ。エルフの頼みなら仕方がない。私も忙しい身だけどね!」


 サモンはエリスの制止を無視して会議室を出た。

 サモンは頭をガシガシと掻きながら、廊下を歩く。


「······ったく、私が妖精の頼みを断れないことを利用して」


 苛立ちながらも、サモンはエリスの悪口を言わなかった。

 いいや、本当は言いたかった。けれど、何一つ出てこなかったのだ。


「······ちくしょう」


 サモンは精一杯の悪態をついた。

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