第34話 試験中の事件 3

「せ、先生。どどど、どうしようっ! えっと、え〜〜〜っと」


 レーガは慌てて辺りをキョロキョロと見回す。

 グラウンドに白い巨大なホムンクルスがいるのを見ると、「ひぇっ」と悲鳴を上げる。


「落ち着きなさい······」

「あ、わっ、ごめんなさい! せ、先生腕が······! あ、これ」

「軽く揺らして、水を満たす」

「あ、はい」


 レーガは両手でゴブレットを支えながら、軽く揺らした。

 水がごぼごぼと溢れると、「あ〜〜〜」と言いながらサモンに助けを求める。


「腕にかけて」

「あ〜〜〜〜······」


 レーガはサモンの腕に水をドバッとかける。

 骨折が治ると、サモンは腕を立てて、幹の下から上体を引きずり出した。

 今だ水が止まらないゴブレットを受け取り、浴びるように水を飲む。そして、ゴブレットを逆さまにして水を止めた。


「レーガ、この木を退けておくれ」

「え、でも僕」

「いいから。信じないと妖精魔法は使えない。杖が折れてしまった。アンタがやるんだよ」

「っ、はい!」


 レーガは杖を抜くと、サモンの足を押さえつける木に向ける。


「っ、『妖精の浮遊アバーブ・スカイ』!」


 レーガが呪文を唱えると、とてもゆっくりだが、木が持ち上がる。サモンはするりと足を抜いて、立ち上がった。

 レーガは「やった!」と喜ぶが、サモンは「気を抜くな」と注意する。


「そのまま、意識を集中させるんだ。もっと高く、持ち上げて」

「はい」


 レーガは言われた通りに杖を高く持つ。

 木は高く持ち上がり、再び立ち上がったホムンクルスの頭の上まで飛んでいく。

 サモンはレーガの肩に手を置き、耳元で囁く。


「そのまま魔法を解いて、遠回りしてマリアレッタ先生の元へ。魔法の解き方は、分かっているね?」

「はい。出来ます」


 レーガは唇をキュッと結び、杖を引いた。



「もう、おしまい!」



 木がホムンクルスの頭の上に落ち、ホムンクルスは押し潰された。

 レーガは左に走り、木の後ろに隠れるようにして逃げる。


 ホムンクルスのけたたましい奇声に、サモンは耳を塞ぐ。

 無数に伸びる腕が、またグラウンドのあちこちを叩いて回る。そのうちの三本が、レーガの方へと伸びた。


「レーガ!」


 サモンの叫びで、レーガは危機を知る。

 レーガは杖を振った。




あべこべ小道ルック・ザット・ウェイ




 腕の進行方向が、強制的に変えられる。

 右へ左へ、進みたい方向とは真逆へと向かう腕が、ホムンクルスの本体を叩いた。


 レーガはマリアレッタに保護された。サモンは「はっ」と声を漏らす。


「アンタ、妖精魔法が使えるじゃないか」


 使えない、などと言っていたのは誰だったか。後で問い詰めてやろう。

 サモンは近くの木から枝をもぎ取ると、それを杖の代わりに振るった。



おもちゃの家タイディング・アップ



 本来なら、使えるはずのない代替品。だが、ホムンクルスの上に落ちた木は、確かに形を変えて、鳥かごのようになって、ホムンクルスを閉じ込める。


 サモンは枝を回しながら、どうやって片付けるかを考える。

 そもそもホムンクルスは、フラスコから出られない人工生命体だ。それが外に出るのがまずおかしい。

 攻撃もほとんど効かず、暴力的なホムンクルスを、如何いかにして殺す?


「魔法が効かないなら物理? いや、今から剣を持ち出すのは無理だな。次暴れられたら、私でも危ない。さてさて、早いとこ片付けないと、土の妖精が怒り出すぞ」


 サモンは肩を回して枝を高く構える。

 その時だった。




「我がかいなに還れ」




 地面が大きく揺れ、グラウンドから大きなつちの手が現れた。それは、ホムンクルスを優しく包み込み、中に閉じ込める。

 サモンは「あちゃ〜」と顔を押えた。


「グラウンドを荒らすのはまだ許しましょう。けれど、生徒を襲うのは教師としても、妖精としても、私は決して許しませんわ」


 マリアレッタは杖を大きく振り回す。大地を激しく揺さぶるように、彼女の詠唱は荒々しく行われる。


「大地より響く福音 地の底より突き抜ける戒めの鐘

 あらゆる命に公正なる裁きを

 妖精の名において命ずる 暴虐の生命に大いなる災いをもたらせ」


 マリアレッタが杖を縦に振り下ろした。

 ホムンクルスを包み込んでいた土の手に、力が入る。




大地の獣 怒りの咆哮シニング・アウト・オブ・ライフ




 呪文と共に、ホムンクルスは押し潰された。

 手の隙間から、赤黒い血が飛び出して、グラウンドを鉄錆の臭いで埋め尽くす。滴る血の臭いに、サモンは顔をしかめ、ルルシェルクやアガレットは顔を背ける。

 エリスはレーガの目を覆い、憐れむように目を伏せる。


 マリアレッタは帽子を深く被ると、呼吸を整えた。

 サモンは鼻を覆いながら、「片付けはしておこう」と皆を学園に帰らせる。


 マリアレッタは「恐ろしいですか」と尋ねた。


「恐ろしいですか。妖精の力は······私は。妖精と人間の狭間に生まれし者は、どちらの枠にも入りませんわ。私は、四分の一は妖精です。それでも、人間とは相容れないのでしょうか?」

「妖精の良い面ばかりを見てきた温室育ちの人間には、少しスパイスが効いてるかもねぇ」


 サモンはホムンクルスの残骸を、枝を振って森へと運ぶ。

 落ち込むマリアレッタの背中をぽんと叩いて、「しっかりなさい」と声を掛ける。


「妖精と人間。どちらの血も持つアンタが、どちらでもないだなんて悩む必要があるもんか。どんな言われ方をしようと、どんな印象を持たれようと、私は興味が無いし、アンタが落ち込むことも無い」



「アンタはマリアレッタ・ノーマだ。それは変わらないだろう?」



 サモンはそう言うと、枝をクルクルと回す。


「はぁ。さすがにこの枝じゃ、精霊の力は借りられないかぁ。さてさて、ちまちまお掃除しようかねぇ」

「······あら。土の妖精でもよろしければ、お手を貸しましてよ」

「おや。それは心強い。なら少しばかりお願いしようか」

「うふふ。少しと言わずに。ノームの力、とくとご覧になって?」


 マリアレッタは杖を振るった。

 それはそれは力強く、大地の名に恥じぬ堂々たる姿で。

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