第33話 試験中の事件 2
サモンがグラウンドに着いてみると、マリアレッタ、ルルシェルク、アガレットの三人がグラウンドにいる何かと応戦している。
エリスは生徒の避難を優先し、広範囲の防御魔法を敷いている。
サモンは生徒の波をかき分けて、エリスに声を掛けた。
「一体何があったのか、説明してもらえるかい?」
「今は、ちょっと難しいです! ストレンジ先生、前線のルルシェルク先生と交代を」
「はいはい。ホント、人遣いの荒い……」
サモンはルルシェルクの肩を叩き、場所を譲ってもらう。
「誰か説明しておくれ。アレは何?」
サモンが尋ねると、マリアレッタが強ばった顔で答える。土埃の中から、それは姿を現した。
「……ホムンクルスですわ」
サモンは目を見開いた。
ホムンクルスはフラスコの中でしか生きられない、脆弱な人工生命だ。それがこんなグラウンドで、それも二メートルを超える大型に育つはずがない。
「
マリアレッタが地面をヒールで踏みつける。踏みつけた先から鞭のように土が盛り上がり、ホムンクルスの体を強く打ち付ける。
何回も、何回も、何回も。だが、ホムンクルスがダメージを受けている様子はない。
関節のない長い腕を、薙ぎ払うように振るう。アガレットが慌てて防御魔法で壁を作るが、ゴムが弾けるような音と共に、防御魔法にヒビが入る。
「クソッ! 厄介な!」
アガレットは悪態をつく。
サモンはマリアレッタに一つだけ質問した。
「マリアレッタ先生。アレは先生が作ったの?」
「いいえ。私が作るのなら、数種類のハーブと
「女性の口からそれを聞くとはなぁ。けどマリアレッタ先生が作ったものでないのなら、少しばかり調べさせてもらわないと」
サモンは杖をホムンクルスに向ける。
「
杖の先から何十羽ものカラスが飛び出し、ホムンクルスの視界を遮る。アガレットは顔をしかめて目を逸らした。
サモンが杖をゆっくり下ろすと、ホムンクルスは動かなくなる。まるで体が石になったかのように微動だにせず、鳴き声とも唸り声ともいえない声を発する。
「さてさて、何が出てくるのやら」
サモンが調べようと前進した途端、ホムンクルスは腕でサモンを薙ぎ払った。サモンは横からの力に抗えず、上体を大きく歪ませてグラウンドの隅にある木に叩きつけられた。
サモンがぶつかった木も、メキッ! と音を立てて折れる。
サモンは突然のことに頭が追いつかず、ぽかんとした。けれど、脇腹から背中にかけての痛みや、肺を圧迫する苦しさが、じんわりと現実を実感させる。
「……っぐ、いっっ……づっ」
腕に力を入れて体を起こすも、肋骨が折れた痛みと、筋肉が思うように動かないのとで息すら地獄だ。
サモンはなんとかゴブレットを揺らし、水を飲んで深呼吸をする。
水が染み渡るように、痛みが消え、傷も癒えていく。
サモンは立ち上がると、うんと背伸びをした。
「調べるどころじゃなさそうだねぇ。仕方ない。解体して一部を貰っていこうかな」
杖を握り直し、サモンは改めて、ホムンクルスを見据えた。
ホムンクルスは奇妙な声を発して、マリアレッタたちの方を見ている。
サモンはホムンクルスの裏に回り、杖を地面に突き立てる。
「眠れる大地の歌 忘れ去られし涙の跡
この世に生きる全ての生命よ 母の
ホムンクルスの足元に土の紋章が浮き上がる。マリアレッタたちは魔法を察すると、ホムンクルスがその場から動かないように、各々が得意魔法の連撃を放った。
「ストレンジ先生、しくじらないでくださいね」
エリスは祈りながらホムンクルスの周りに防御魔法を展開する。
動きを制限すると、サモンは杖を弾くように振った。
「土の精霊──『魂の揺りかご』」
ホムンクルスの足元に亀裂が入る。ボゴォッ! と激しい音を立てて、土は盛り上がっていき、ホムンクルスを包み込んだ。
無理やり地面に飲み込もうとする魔法に、ホムンクルスも激しく抵抗する。
隙間から出てきた腕が、地面を叩き、校舎を叩き、グラウンド中に亀裂を入れる。
あと少しで地中に閉じ込められる──その時だった。
「ごふっ!?」
ホムンクルスが腕を細く割いて、あちこちを叩き回った。その内の一本が、サモンを弾き飛ばしたのだ。
空に投げ出され、体勢を崩したサモンはそのまま高い木にぶつかる。枝葉を折りに折って、ようやく太い枝に落ちたものの、右腕が折れてしまった。
ゴブレットの水で治癒しようとしたが、ホムンクルスの追撃に遭い、木の上から叩き落とされ、あろうことか折れた木の幹の下敷きにされた。
無事な左腕は幹の下。圧迫される苦しさとまた肋骨が折れた痛みで、息も出来ない。折れた右腕の数センチ先にゴブレットがある。
サモンが身を捩っても、指先が触れることの無い距離がもどかしい。
「うぐっ……」
杖を振るおうにも、叩き落とされた時に折れてしまった。
いくら妖精魔法を自在に操れるサモンでも、杖が無ければ凡人。精霊に愛され、手放された、ただの人間だ。
あと少しで届くのに、このまま何も出来ないのか。誰かに助けられるまで待つしかないのか。
グラウンドから離れてしまったサモンを、教師は誰一人として見つけられない。
──こんな時すら、自分は独りなのか。
弱い本音が顔を出す。
サモンは「うるさい」と歯を食いしばって、身を捩る。
「私には、誰も必要ない」
本音を、心を、塞ぐように吐き捨てて、サモンは手を伸ばした。けれど、やっぱりゴブレットには届かない。
サモンは舌打ちをした。
────ひょい。
誰かがサモンのゴブレットを持ち上げた。そして、サモンの前にしゃがみ、狼狽えた声をかける。
「サ、サモン先生〜〜! 大丈夫ですか!?」
レーガの半泣きの顔が、サモンを見下ろしている。その情けない顔が、サモンに安心感を与えた。
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